BRUTUSの6月号をカバンに入れて持ち歩くようになり、1ヶ月近く経った。
特集記事は
「大松本論」。
ダウンタウンの
松本人志特集である。
松ちゃんが映画監督デビューしたことがきっかけで、ここ最近はこの手の雑誌・テレビに松本人志が頻繁に露出していた。
映画
「大日本人」。まだ観てない。
私も映画はいつか観ようと思ってるので、まだ他人の感想やら評価というのは耳にしていない。
そして特に大きな期待はしていない。(・・・)どっちかだと思うから。
しかしやはり松ちゃんは天才だと思う。
この雑誌を購入したのも、松ちゃんを特集するというのがこの先考えても珍しいことだろうと思ったからだ。
こう見ると、
以前紹介した「STUDIO VOICE」のエヴァ特集を思い出します。
あれと同じで、この雑誌では松本の過去の作品や松本人志という人間をいろんな人が分析したりしている。
精神科医、現代美術家、CMディレクター、作家・・・。
茂木健一郎との対談は、のっけからもう笑ってしまうしかない内容だった。本当に笑いの天才なんだろうか。
「松本人志をアートに置き換えよ。」という記事では、そのまま松ちゃんの作品がアートに通じるということが記されていた。
「ごっつええ感じ」のコントのみならず、私の知らない「一人ごっつ」やコント集「VISUALBUM」の作品なども引き合いに出されていました。
監督をする以前から、もう
アートといっても過言でないような創作活動を、松ちゃんはしてきたのですね。
「一人ごっつ」は私が大阪に住んでいた時なので、深夜に放送されていたような、よくわからない感じです。
とにかく観たことはありません。
あぁ、ところで今さらながらですが、こんな記事を書くのも私、結構
お笑い好きだからです。
そして当然ダウンタウンには昔からお世話になっております。
「4時ですよ〜だ」、「夢で逢えたら」、「夕焼けの松ちゃん浜ちゃん」とかよーく観てましたから。
今思えば少年時代を大阪で過ごしたてたのは大きいですね。たぶん笑いのこだわりとサービス精神は当たり前に身についてます。
それで当然「ごっつ」も大好きだったのですが、一つ正直に言わなければならないことがあります。
大好きだったあの番組も、やっぱり後半は
おもしろく無くなっていったという印象なんですね。
昔のことなのでよく覚えてないといえばそうなんですが、後半はコントが減って、ロケとか出演者でゲームみたいなことばっかりやってましたよね。
私は子供ながらに、
惰性で番組をやってるのかなと思っていました。
「遺書」に載っていたのかどうか忘れましたけど、東京の番組はお金をかけているのにつまらない、自分ならもっとおもしろい番組を作れるというような話を松ちゃんがしていたと思います。
私はなおさら、初めの頃の熱意が無くなったのか、おもしろい企画が無いのか、お金の使い方が間違っているのかというような印象を持っていました。
たぶんいろんな事情があったんだろうと思いますが。
なので、「ごっつ」が打ち切りになった時はやっぱりなと思いました。
松ちゃん自身、番組がつまらなかったのではないかと想像していたからです。
まぁそんなこともあり、後半の「ごっつ」はあんまり観ていなかったりでした。
そういえば、私が
NHK大河ドラマを観だしたのがこの頃か!どうりで覚えてないわけだ。
恐らく先に述べた「一人ごっつ」なんかも、その流れで観ようと思わなかったのかもしれませんね。
ダウンタウンを観るなら「HEY!HEY!HEY!」で十分だったと思います。
ちなみに、ちょうど
10年ぐらい前の話ですね。
この頃大阪では、若者に爆発的な人気を持つお笑いコンビが現れています。
それが
「千原兄弟」です。
当時、関西ローカルで何本のレギュラー番組を持ってたか。
私が人生で一番おもしろかったと思う番組は
「光速脳天!ベタキング」(もちろん関西ローカルの深夜番組)。
高校受験、おかげでロクに勉強できませんでした。
最近のお笑いブームみたいなのはやっぱり東京の作られたブームみたいな気がします。
私にとってのお笑いブームはこの頃。吉本の若手芸人がこんなにおもしろいのかと感動していました。
出演は千原兄弟、たむらけんじ、陣内智則、ケンドーコバヤシ、バッファロー吾郎、サバンナなど。
やっぱりお笑い大阪の方が10年進んでるやん。
そんなわけで当時の私は、松本人志の笑いを必要としない時期だったのかもしれません。
話を雑誌の方に戻します。
私がこの雑誌を読んで、また松ちゃんの笑いを観たくなったのは言うまでもありません。
それで気になったのが、後期ごっつの名作と言われる
「トカゲのおっさん」。
上記の理由から、私はこのコントもちゃんと見たことが無かったんです。
何かすごく長かったのだけ知ってます。
雑誌の中での感想から、シュールなおもしろさを持つコントなのだろうと思い、DVDを借りて観ました。(「ごっつええ感じ vol.8」)
いやはや、おもしろかった。
確かに当時若者であった私には、この手のシュールなコントはイマイチだったかもしれませんね。
「トカゲのおっさん」というキャラも、あの頃「ごっつ」をずっと観て来た自分にとってはあまり新鮮な感じがしなかったと思います。
しかし今、松ちゃん浜ちゃんのコントを久しぶりに見たら、これがおもしろい。
松ちゃん扮する「トカゲのおっさん」。それを飼いたいという子供の浜ちゃん。そしてお母さんが板尾。
子供が
ペットを飼いたいとねだっているかと思えば、おっさんはペットではなく
父親として家に入ろうとする。
でも、虫しか食べない。おっさんは子供に向かって、お母さんを説得するようにいろいろと話す。
この微妙な設定が、いやらしくておもしろい。
自分は大阪出身だから思うのか、こんなおっさん、ものすごくおったような気がする。
おっさんなのか、トカゲなのか。
だんだんおっさんに愛着がわくから不思議だ。やっぱり松本は天才かもしれない。
私があまり観なくなった後半の「ごっつええ感じ」にも隠れた名作コントはあったのかもしれませんね。未だに松ちゃんはおもしろいし。
DVDには大好きだった「MR.BATER」なども収録されていたが、これはおもしろいというより懐かしさの方が大きかったな。
満月ポンのおいしさと同じです。
嫌いだった「キャシィ塚本」のコントは、とりあえず篠原涼子が若くてすごく新鮮だった。今や名女優だから。
さてさて、そんな天才・松本人志だが、この雑誌の中で40人の著名人からの質問に答えるというページがあった。
ここでも笑える回答がたくさんあったのだが、一つ、
親近感を抱かずにはいられない質問と回答がある。
Q:自分の人生に影響を与えた、本、音楽、映画、作品、何でもいいので教えてください。(←下田法晴)
A:僕はやっぱり<ブルーハーツ>かな。・・・
何と松ちゃんは、大阪から東京に出てキツかった時期にブルーハーツをよく聴いていたのだという!
甲本ヒロトと親交があるとは知っていたが、こんな風にインタビューで名前が出てくると、何か松ちゃんが身近に感じられた。
ヒロトとマーシーは、その昔ダウンタウンと
“乳首相撲”で戦ったほどの仲だ。
ハイロウズになってからは名曲「千年メダル」と3rdアルバム「ロブスター」のジャケットのイラストを松ちゃんが描いているし、ハイロウズの最後のベストアルバム「FLASH」の
CMに松ちゃんが出演していたことも記憶に新しい。
それがもっと以前に、松ちゃんがヒロト達に影響を受けていたとは驚きだ。
私なんか、今でも凹んだときはブルーハーツを聴いたりする。いや聴いてる。
松本人志の笑いもブルーハーツも、今観て(聴いて)も新くて、元気を与えてくれるという点が同じなのかもしれない。
(おわり)
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始めは違和感があった。
ハードボイルド作家・
北方謙三が描く、水滸伝の世界。
それはまさに型破りと言ってよいと思う。
私が愛してやまない水滸伝だが、北方謙三の描くそれは新訳というにはあまりにも違う世界にも思える。
今、文庫版になって続々出版中の北方水滸伝(集英社)。
今回は
第六巻「風塵の章」までを読んだ感想を書こう。
まずこの本を私が手に取るのは必然だったかもしれない。
以前
ここで紹介した、
「絶海にあらず」を読んで北方謙三歴史小説の力量を知ってしまったのである。
彼が描く男達、いや漢(おとこ)達の暴れる水滸伝の世界が読みたくなった。
始めは、冊数が多いので手に取るのに抵抗があったが、書店に置いてあるパンフレットのようなものを読んで愕然としてしまった。
どうやらこの北方謙三、水滸伝の世界を一度ぶっ壊して、そして
再構築してしまったらしい。
オリジナルのストーリーに登場人物。
そして何と梁山泊の108人全員が揃う前に死んでゆく者もいるのだという。
これは一度読んでおこうと思い、そのうちに1巻を中古本で手に入れることができた。
さて古典を愛する私ではあるが、果たして北方謙三の
リメイクを許せるだろうか。
読み始めてまず現れたのは何と魯智深(ろちしん)、そして豹子頭林冲(りんちゅう)と王進。
何やら魯智深は密命の元に動いているようだった。
読み進めているうちに、何かがおかしいと思った。
これでは、運命的に梁山泊に集結したはずの百八星の彼らの行動が、まるですべて
綿密な計画の上に成り立っているようではないか。
そして目的は大宋国を相手にした
叛乱そのものであり、ただの山賊集団とは大きく異なる。
もはや百八星の化身としての彼らは無く、物語からは神秘的な要素が消えてなくなっていた。
幻術使いの公孫勝は、致死軍という特殊部隊を率いる隊長。
神行法の術で一日八百里を走るという戴宗(たいそう)にいたっては、ただの飛脚屋になってしまった。
そして闇の塩という、経済的に梁山泊を支える糧道の存在。
それを作り上げたのが商人(しかもデブで男色家)となった盧俊義(ろしゅんぎ)で、しかも話の最初から登場してしまう。
もう、みんなで盧俊義を騙して梁山泊から帰らせないぞ作戦は見られないであろう。
そして青蓮寺という、国を裏であやつる秘密組織が梁山泊のライバルとして存在する。
これは完全なオリジナルだが、たびたび青蓮寺での会議や、親玉である袁明、李富といったキャラクターの視点で描かれる場面が登場し、事態の
緊迫感を演出している。
ツッコもうと思えば、いたるところで気になることはある。
しかし、この水滸伝はやはり水滸伝なのだ。
おもしろい。お馴染みの主要登場人物はもちろん、原作ではあまり光の当たらないキャラクター達までもが重要な任務に就き、活躍するのだ。
これはもう以前紹介した、横山光輝のマンガや吉川英治の「新・水滸伝」での彼らのイメージを払拭させるほど強力である。
私は読んでいるうちに物語にぐいぐいと引き込まれ、梁山泊軍が力を蓄えていくことに興奮を覚えてゆくのだった。
・・・ううむ、ここまで書いてみて思ったことですが、この文庫版の水滸伝にも各巻に解説がついており、何よりも毎回その
解説者がこの作品を熱く語っていることも特長の一つだと言えます。
私がここで書こうと思ったことがすべて、プロの評論家や作家の視点で書かれてあるので、そちらを手にとって読んでもらった方が早いかもしれない。
では
私、
n.gondorffの視点から伝えられることは、何があるだろう。
まず私が六巻まで読んで最も興奮した場面を考えてみよう。
それは第五巻「玄武の章」にある。
のちに梁山泊の頭領となる
宋江は、この時追われる身となっており、あえて梁山泊には入らず(なぜか)供を連れて全国行脚の旅をしていた。
しかし江州の地でついに官軍
二万に包囲されてしまい、河の中洲で牢城をする。
旅で出会った者達の助けを借りて何とか持ちこたえていたが、何日も攻防が続き、窮地に追い込まれていた。
このとき宋江を助けるために援軍として戦っていたのは、李俊(りしゅん)や穆弘(ぼくこう)らであったが、いよいよ策が尽きて静まり返っていた。
・・・
「五騎。こちらへむかっています」
「敵ではないな、五騎では」
「しかし、誰が」
「俺は楊雄という。梁山泊致死軍の一隊を率いている」
「梁山泊?」
来たーっ!梁山泊軍ついに来たよ。
この戦いのスケールの大きさは、ここまで読んで来て良かったと思えるほどだった。
まさに
鳥肌が立つ思い。
致死軍も強いし、駆けつけた林冲の騎馬部隊もすごい。
こいつら最強だ。ここまで梁山泊軍が組織されていく様子も事細かく描かれており、これはある意味納得のいく強さだと思った。
そう、この小説で描かれている梁山泊は
「説得力がある」と言えるかもしれない。
冒頭で述べたように、あらゆることが計画的に進められているということに違和感を覚えたのは事実だが、このことが梁山泊に、一国を揺り動かすほどの大勢力としての説得力を持たせている。
以前己志で書いた
言葉を再び引用すると、
「リアルよりリアリティ」というわけだ。(by.甲本ヒロト)
北方謙三の描く水滸伝は、昔から伝えられて来た物語の真実とは異なるかもしれない。しかし、そんなことよりもここに描かれている
真実っぽさが、我々読者に興奮を覚えさせ、水滸伝のおもしろさを再認識させてくれるのでは無いか。
さて、もう少しだけこの小説のリアリティの追求について触れる。
これまで特に現実性を意識しているなと思ったのは、
王安石(おうあんせき)の話が度々登場する点だ。
水滸伝の舞台は宋の国、徽宗皇帝の時代であり、王安石はその少し前の時代に新法党を率いて改革を行なった実在する歴史上の人物である。
青蓮寺の袁明などは王安石という改革者を意識しており、まるでその時代を本当に生きている政治家なのだ。
そして物語は宋の北に位置する遼という国も視野に入っており、魯智深は遼国内にいる
女真族と手を結ぼうという無茶までやらかす。
女真族は後に金という国を興し、華北を占有する強大な勢力となる。
つまりこの水滸伝は
歴史という流れの中にあることで、より現実性を帯びているのだ。
登場人物が自分の生きている時代と、その前後の情勢を見極めようとしていることがその表れであり、さらに彼らが国を動かそうというほどの傑物だという説得力をも持たせている。
北方謙三は水滸伝を「昔話」「怪奇小説」から、
「歴史小説」と呼べるものに変えてしまったのかもしれない。
ここで以前に読んだ北方謙三の「絶海にあらず」についての自分の感想を読み返してみた。
あの作品も藤原純友の乱という
“叛乱”を描いているが、戦よりもほとんどがその準備、基盤作りに焦点が当てられており、現実的で深い内容だったと思う。
国と戦うということは、入念で周到な準備があって初めて可能になるというのが、北方謙三にとってのリアリティであり、最も説得力を持つのであろう。
最後になったが、もう一つこの北方水滸伝がおもしろい理由を考えてみた。
それは以前、吉川英治作の「新・水滸伝」についての
記事を書いた時にもふれたことだが、水滸伝は
日本人に受け入れられる要素がたくさんあるということだ。
そしてこの北方水滸伝にもそれは受け継がれており、さらに日本人好みになっている気さえする。
先に述べた梁山泊の頭領である宋江は、この作品では強さなど持ち合わせておらず、ただ梁山泊の
シンボル・象徴的な存在になっている。
そして役人という立場を追われたあと行脚の旅をするのだが、そのお供が武松(ぶしょう)と李逵(りき)である。これはまるで日本人が好きな
水戸黄門のようなもんだ。
それからここまで読んできて、すでに何人かの梁山泊の仲間が死んだ。
彼らの死に様はどれも素晴らしかった。
彼らが志のために死んでいく姿というのは、日本人の
美徳に合っているのではないだろうか。それはつまり
“武士道”では無いかと思う。
水滸伝の舞台はあくまで中国であり、彼らは広大な大陸を駆け巡って大活躍をしている。
しかし私には、そこに生きている者達が日本人的な心を持っているのでは無いかと思えてならないのだ。だからこそ面白いのではないか。
この記事も書き始めてから終わるまでに随分時間をかけてしまった。
実はすでに第七巻「烈火の章」まで読み終えてしまっている。
これほどまでに面白い水滸伝。ぜひ多くの方に読んでもらいたい。
今回は冒頭から
北方風に書こうと意識して、頑張ってほとんどを「だ・である調」で書きました。
ちょっと固くなってしまった気もしますが、少しでも作品のおもしろさが伝わればよいなと思います。
さて次はどんな英雄の生き様、死に様が見れるだろうか。
(おわり)
【帰っていいッスか?(ダルそうに)】(意味・用法)
1.その場から一刻も早く立ち去りたい時の意思表示。決して本気で許可を求めているのではない。もう自分の中で帰ることは9割方確定している。
2.おもに「なかなか順番が回ってこない」、「なかなか始まらない」、「何も指示が無い」といった、長時間の待機、放置などの状態にガマンの限界が来た時に用いる。
3.気持ちに余裕があれば、相手に適当な理由を述べてから「帰っていいですか?」と丁寧にお願いするのも可。
4.少し笑いながら言うと“ダルさ”をアピールできて効果的。だが、この発言をする頃には怒りが限界を通り越しているため、思った以上に大きな声が出たり、冷たい言い方になったり、ちょっと声が震えしまったりすることもある。表情は強張っている。
5.たいていの場合、相手側は「少々お待ち下さい。」と言って何らかの対応を取ってくれる。なので、限界にも関わらずこの発言のあとも少しの間対応を待たなければならない。
6.2のような状況の場合、この発言をきっかけに順番、指示が回ってくることがある。その場合即座に帰れるとは限らなくなってしまうが、気持ちはもう帰りたかったりする。
7.6のような結果にしても、帰るにしても確実に状況は変わるので、もっと早く言えば良かったと後悔する。最も正しい使用タイミングは、限界に達するよりも前である。
どーも、
n.gondorffです。
またまた己志の更新を怠ってしまい、申し訳ありません。お待たせいたしました。
プライベートも仕事もいろいろありまして、最近ようやく落ち着いて来ました。
先日から
歯医者に通っています。
上の記述は今日、私が歯医者さんで使用した言葉の詳しい解説です。社会人になってからよく使っている気がします。
今日はお昼の
12時から歯医者の予約が入っていました。
少し遅れて行きましたが、いつも混んでいるので別に問題は無いはずです。
待合室でいつものように
「北方水滸伝」を読んでいました。
15分〜20分ほど経ったところで名前を呼ばれ、中に入りました。私の前には2人の方が待っており、それぞれ先に呼ばれてたので、順番も来た順なのだろうと思いました。予約なんていってもそんなもんです。
私の通っている歯医者は、治療用の椅子が4台あります。歯科医師はたぶん3名だと思います。
歯医者さんというのはどうしてか、あの
椅子に座ってから待たされるところが多いですね。
そして何故か椅子を倒すので、天井とか目の前のライト、治療器具なんかを見ながらかなり長時間ボーッと待たされることがあります。
ここも3回目ですが、経験から恐らく30分ほどは待たされるであろう覚悟をしていました。
待機用の台ですが、結局自分を担当してくれる医師の手が空かないと順番は来ませんので。
私の担当医は結構な
おばちゃん(院長)で、説明など丁寧にしてくれてとてもやさしさ、温かさを感じるのですが、その分時間がかかる気がしています。
今日は、30分経っても順番が回ってきませんでした。
おばちゃんは自分よりあとから入って来た人のところへ行ってしまいました。
予約とか治療内容もあるので、多少は仕方ないかと思いましたが、やはり40分ほど経つとボーッとするのに限界が来ます。
私はしばらく携帯をいじってて、特にやめて下さいとか言われなかったので、また水滸伝の続きを読むことにしました。治療台で。
それからおばちゃんの治療が終わったようなので、本をカバンに入れようかと思ったところ、おばちゃんはそのまた次に入って来た人を治療し始めました。
席に着いてからまさかの
1時間が経ちました。
私は帰ろうかどうしようかという苦悩に襲われました。
おばちゃんが2人目の治療に入った時にいっそ文句を言おうかとも思ったのですが、そのとき水滸伝がまた良いところで、あの
関勝がついに登場してちょっとテンションが上がってしまっていました。
怒るタイミングを逃したのと、ここで帰るのはやっぱり男として器が小さいかなというところで悩みました。(思ったように行動する方が男らしいかもしれないが。)
その時ちょうど隣で私と同じように待っていたおばさんが、用事があるのでやっぱり今日は帰りますという感じで席を立った。(たぶんその人は10分も待っていないけど。)
私はこの際だからと思い、歯科衛生士を呼んで、
「俺も帰っていいッスか?」と言いました。
んで、その衛生士が「少々お待ち下さい。」と言ったあと、治療の途中であるはずの院長のおばちゃんが来ました。
「薬だけ変えますね。」といって、歯の詰め物を交換。
私は、何だそりゃと思いました。
1時間以上も待ったあげくが、数分で終わる処置。治療費は200円取られました。
帰る頃には
14時です。予約12時やっちゅーねん。
ちゃんとした治療受けてないし。
受付で、「来週も今日と同じ時間でよろしいですか?」と言われたので、
「すぐに始まるんだったらいいですけど。」と皮肉を込めて言いました。
そいつは何も言わずに診察券とレシートを返して来ました。
私の中で、
「歯科衛生士はかわいく見える法則」というのがありますが、その時ばかりはこの愛想の悪い女をグーで殴ってやりたいと思いました。
一瞬、関西弁モードになって罵声を浴びせようかと思いましたが、黙ってそこを出ました。
こういうのは考えるほどにイライラしますね。
椅子の上で1時間も待たせているということはあそこにいる連中なら分かっているでしょう。
それから帰ると言ったら順番を優先する。どういうことや。
例えば30分ぐらい経った時に言ってたら、優先したのか?
確かに私は2本の歯を治療中で、麻酔も使うかもしれない。治療には時間がかかるかもしれない。
でもそれが順番を後回しにされる理由なのか?
そもそも待たせている人間に、順番とか混雑とかに関して何の説明もしないのか?
よく考えたら、「お大事に」とは言われても、「お待たせしてすみません」みたいな言葉は一言も無かったではないか。
あー思い出すだけでイライラする。
結局、医者って奴は客商売をしているつもりは無いんでしょうね。
治療してやってるということですか。
私は今日随分腹を立てましたけど、治療中の歯があるのでまたそこへ行かなきゃしょうがないですからね。
医者と患者ってのは何て不平等な関係なんでしょう。
私が今回途中で帰ってやろうかというところで躊躇した理由はもう一つあります。
この前にも同じようなことがあって帰ったからです。
それは
以前ここで書きました、
大腸検査のあとの通院でのことです。
その検査では何も異常が見つかりませんでしたが、詳しい話は次の診察でということになりました。
そして後日、会社を午前半休して病院に行きました。
しかしこれがまた待合室でまったく名前を呼ばれない。
デカい病院だしどこからどこまで消化器科で待っている患者かわからないし。
私はやっぱり本を読んでたり、軽くウトウトしてみたりで、「次かな?次かな?」と呼ばれるのを待っていましたが、そのうち限界が来て消化器科の受付に言ってやりました。
「なかなか呼ばれないし、仕事あるんで帰っていいッスか?」「順番を調べますので、少々お待ち頂けますか。」と受付。
何と返ってきた順番は、あと
6番目。
ありえへんやろ!今まで誰を診察してたんや。ってゆーか自分と同じように待ってる奴5人もおったんかい。
じゃあ帰ります。
しかしその前に、「検査も異常なかったらしいので、もう来なくていいですか?」と一応聞いてみました。
聞きに行って戻って来た受付は、「事務の者から説明を受けて下さい。」と。
そしたら名前を呼ばれて、
普通に診察室に。担当の医者が、検査の結果は大丈夫でしたと、他に異常ないですか?といった診察を普通にして終わった。
何やったんでしょう。
あれも結局2時間近くかかったと思いますが、その待ち時間は何やったんでしょう。
医者は「帰る」って言うたら順番優先してくれるんですかねぇ?
こっちのケースでも、もう少し早く言っても優先されたんでしょうか。
順番優先してもらって文句を言うなと言われそうですが、これがまかり通るのが病院なんですかね。予約の意味も無いし。
私はうんざりです。
私は待たされるのも嫌いですが、納得のいかない順番とかにもムカつきますね。順番抜かされたり。
昔、眼科に通っていた頃、本当にいつまで経っても名前が呼ばれず、まだ小学生だった私は
半ベソをかいたことがあります。
その時はもうかなり長い時間待ちましたが、受付のおばあちゃんに言ってみたら、診察券がどこかに紛れていたようでした。
完全に受付のミスだったので、それからすぐに名前呼ばれました。涙で
Cの穴なんて見えませんでしたよ。
あれからちょっとトラウマになってるとは思います。
単に気が短いだけかもしれませんけど。
本当に待たされるのが嫌い。
東京はどこも人が多くて、かなりうんざりさせられています。
こっちに来て初めて
オリジン弁当に行った時は、ブチ切れて帰ってやろうかと思いました。
どんだけ出てくるの遅いねん。
それまでほっかほか亭しか知らなかった私ですが、今となっては注文してから作るというスタイルに慣れました。
ちょっとは大人になりました・・・いや、すぐ帰りたくなるのはそう簡単には治りませんね。
仕事中にこの言葉を使ってやりたくなったこともありますから。
あ、そうそう、弁当の話が出て来ましたが、この「帰っていいッスか?(ダルそうに)」は状況は似ていても、
お食事処では使えないので注意が必要です。
料理がなかなか出て来ないということは結構あります。(私が毎日外食してるからですが。)
空腹というのはイライラしやすくなり、そこで待たされるというのはとても良くない状態です。
なかなか出て来ない時は、「料理来ないんですけど。」とか「まだですか?」、「料理早く持って来い。」と文句を言えば出てくる、あるいはようやく作ってくれます。
怒りが限界で店を出るときは「帰っていいッスか?」では無く、「注文取消しでいいです。」と言って、
帰りましょう。ただし店側が、「注文しておいてそれは困ります。」という逆ギレされるパターンもあるので、度胸も必要です。
よくあるパターンですが、一緒にいる人の料理は先に出て来ている場合なんてのは最悪です。
みんなの料理が出てこない場合なら、大勢の強みで強気な態度が出来ます。
しかし1人だけ、のときは空気も読まなければならないので、怒るに怒れないこともあります。
そして注意しなければいけないのは、ようやく料理が出て来たとき、めちゃくちゃ怒ってるのに、お腹が空いてるせいで、料理が
ものすごくおいしかったりすることですね。
これは行き場の無い怒りになり、思い出した時にムカつく感じですね。(何か
犬井ヒロシのネタみたい。もしカブってたらすみません。)
喉元過ぎれば熱さ忘れる。
でも
「思い出しムカつき」をしょっちゅうします。
私はそういうタイプです。
(おわり)
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