
※上の画像をクリックすると三枚続のページが表示されます。
さて、更新が遅くなりましたが、
歌川国芳三枚続シリーズ第1弾
「宮本武蔵と巨鯨」、最後の一枚をお届けします。
最後は巨鯨の顔です。
この笑っているようなクジラの顔がまたユニークだと思います。
上の画像をクリックすると過去の2枚とつなげた全体の画像が見れますので、ぜひご覧ください。これは素晴らしい作品です。
こうやって私の大好きな歌川国芳の良さが皆さんにも伝われば嬉しく思います。第2弾もお楽しみに。
それにしても昨日の記事はクロマニヨンズで、その前は創作の己志水滸伝。
その前はあしたのジョーって、このブログは相変わらずわけわかりませんね。
でも型にはまりたくないので私はこれでいいのだと思います。
これからも国芳のようにおもしろいものをドンドン提供していきたいです。
(おわり)
テーマ:絵画 - ジャンル:学問・文化・芸術
遅くなりましたが、
ザ・クロマニヨンズのニューシングル
「紙飛行機」を拝聴しました。
今回はどういうわけか、あーまた同じような歌だなと思いました。私もついに飽きてしまったかな。
最近は天野月子みたいな凝ったロックを聴いていたからでしょうか。GO!GO!もかなりポップになってきたし。
クロマニヨンズは目新しさも少し薄れて、やっぱりハイロウズの延長な気がしなくもないですね。
しかし今回の曲は聴くほど良くなってきました。
“スーイ スーイ スラララ スーイ スララ”
何だろう、耳に残るこのフレーズ。
もしかして故・植木等さんの「スーダラ節」をオマージュしているのだろうか!?
(意外に20世紀少年のスーダララの方だったりして。マーシーの歌詞は懐古的なのが多いのでね。)
まぁそんなわけで気が付けば「紙飛行機」が何度も頭の中をヘビーローテーションしている今日この頃。
マーシーのストレートなロックが、悪く言えばマンネリだけど、彼らは変わることがないという安心感を私に与えてくれました。
さて、でも今回のカップリング曲「ワハハ」の方は結構印象的な曲でした。
収録曲3曲の中で一番印象的だった気がします。ワハハのハですからね。
しかしそれよりも気になったのが、付属DVDの
“cro-magnons TV”です。
こんな番組あったらいいな的な。結構シュールでしたよ。
あのクロマニヨンズのキャラクターが「高橋さん」と紹介されていて、名前をすっかり忘れていた私はびっくりしました。
番組は親指ヒロトと親指マーシーが登場し、ゆるーい感じで進んでました。
「タリホー」のDVDみたいに、ライブ映像入ってないのかなと思いました。
ざっと紹介しておくと、最初に親指二人がハワイに行きます。
それから瓦割りとスカイダイビングに挑戦します。二人は何でもできるんだ。
で最後にライブ映像です。
曲はお馴染みクロマニヨン・ストンプとタリホーでしたが、下北のライブハウスがまた小さくていい感じでしたね。
最前列ならヒロトと手が触れる勢いで。
暑苦しそうで楽しそう!
行ってみたいなー。
やっぱりクロマニヨンズのライブはいつか行っとかないとね。
そういえば
GO!GO!7188がBMG JAPANに移籍しました。
クロマニヨンズもBMGなので、これからBMGにいくらかつぎ込むことになりそうです。
(おわり)
テーマ:日記 - ジャンル:音楽
百八星の一つ、天孤星・真剛弁(しんごうべん)。
“LZP”金融部門隊長。
一見豪胆に見えるが、その性格は意外に繊細で、
シャイで小心者なところもある。
しかし見た目どおりの怪力で内弁慶なところもあり、やはり仲間内からは恐れられる存在感を持っている。
出身は不明。東国とも言われているが、幼い頃に西国へ移り住む。
スラムにほど近い地域で育ったため、悪童達との繋がりを持ちつつ成長した。
一方で両親の英才教育のためか、非常に利口だったため寺子屋へと進む。そこで「裏走興」や「及日青」らと同門となる。
寺子屋を出てもエリート街道を続け、都の法律学校に進学。
しかしそこから科挙試験に落ち続け、進路に陰りが見え始めた。
周りが次々と働きすぎの社会に進出していく中、自身も法曹界への道をあきらめ、そのインテリかつヤクザな能力を生かそうと金融業に就職する。
ところがその矢先、業者が不祥事発覚により存続の危機に。彼もその影響を受け、遠く越中国へ左遷されてしまう。
越中での厳しい試練の中、放浪中であった裏走興や、薬を求めて訪れた「薬創浪」らの助言があり、江戸の“LZP”へ入門することを決意する。
及日青もその能力が地方で埋もれていることを悔やんでおり、“LZP”に新たな力を求めた。
知性と怪力を持ち合わせた豪傑ということでこのあだ名で呼ばれている。
がしかし頭はいいが、
好色すぎるのがたまにキズである。
※己志水滸伝とは、n.gondorffの妄想による友人・知人紹介である。
最近かかさず観ている番組といえば、日曜20時のNHK大河ドラマ「風林火山」と、TOKYO MXテレビで月曜21時から放映中の
「あしたのジョー2」だ。
見逃したくないので、どちらも録画することが多い。
前者については、前々から私に戦国時代ブームが来ていると言うてるとおりです。(最近は収まって、また水滸伝ブーム。)
では後者について、なぜこんなに「あしたのジョー」がおもしろいのか。
そもそも私は物心ついた時から、ジョーを知っていた。力石もカーロスも、ホセ・メンドーサもよく知っている。
私は基本的にスポ根漫画が好きだというわけでも無いけど、しいて挙げるなら
「疾風!!アイアンリーガー」と
「プレイボール」が好きです。
アイアンリーガーは知る人ぞ知る名作。でもロボットなのでここでは除外しよう。
「プレイボール」はあの名作「キャプテン」の墨谷二中キャプテン、谷口君の高校時代を描いた名作だ。最近アニメにもなったので有名かもしれない。
偶然(?)だが「あしたのジョー」の作者ちばてつやと、「キャプテン」のちばあきおは兄弟だ。絵のタッチも似ている。
で、このキャプテン、いや谷口君を私が大好きな理由というのは、彼が最初は名門青葉学院の補欠で、てんでダメな選手だったことだ。
それが努力を積み重ねて、キャプテンにふさわしい選手へと成長していくのだった。
彼は続編の「プレイボール」でも努力をする。中学最後の大会で指を怪我し、ボールが投げられなかったのだ。
しかし野球への情熱を捨てきれず、これまた人並み以上の努力の結果、立派な選手に返り咲くのだ。そして周りも惹き付けられていく。
まぁこの名作だけは皆さんに読んでもらいたいものです。
が、話が
完全に脱線したので戻したいと思います。
「あしたのジョー」。
この作品もまた名作。今日も放送を観ました。
今日からオープニングとエンディングが変わってましたね。何かOPはブルースみたいな曲になってた。EDは前と同じ歌だけど、歌詞が2番かな?
前回、ジョーが金龍飛を倒して東洋・太平洋チャンピオンに輝きました。いやーおもしろいなぁ。
また何故「あしたのジョー」について語ろうと思ったかというと、先日NHKのETV特集で
「あしたのジョーの、あの時代」という番組が放送されていたからです。
ちょうど東京では昨日の昼間にも再放送がやっていた。司会はあの夏目房之介。BSマンガ夜話でお馴染みの。
この作品にスポットが当てられるというのは、いま理由は一つしかない。そう、その時代とは
団塊の世代が生きた時代なのだ。
今いわゆる
“2007年問題”といわれている団塊世代の集団退職という問題。
そしてこの団塊の世代が若者として生きた時代を振り返る時、学生運動とこの「あしたのジョー」が必ず語られるのだ。
この番組でもやはり、あしたのジョーが時代を反映していた、あるいは当時の若者たちがあしたのジョーに何を見ていたのかということが語られていました。
恐らくあしたのジョーのストーリーについて語ることはここでは意味が無いので差し控えるが、私が今観ているアニメの「あしたのジョー2」については少し説明しよう。
2というのは、つまりはジョーのライバル、力石徹が死んだあとの話なのだ。
自分との試合が原因で力石を死なせてしまったジョーは、その後途方に暮れていた。リングに復帰を果たしたものの、テンプルへパンチが打てない状態になっていた。そんな苦しみの時から「あしたのジョー2」は始まる。
その番組でも語られていたように、全共闘時代、若者たちが見えない敵と戦っていたことと、この頃の矢吹丈の苦しみは似ていたのかもしれない。
そしてジョーは何故戦い続けるのかというところに、現代を生きる私も感銘を受けた。
番組でも当然取り上げられていたシーンだが、ジョーはまた苦しんでいた。
カーロス・リベラという、新たなるライバルの登場でジョーは力石の亡霊を克服し、再び熱い戦いを繰り広げた。
しかし、カーロスもまた、ジョーとの試合が原因でパンチドランカーとなってしまう。力石に続いて、カーロスの選手生命までも奪ってしまったジョー。
沈んでしまっているジョーに、幼なじみのノリちゃんが、「ボクシングやめれば?」と言う。(しかも結構
ボロクソに言う。)
そこでジョー、自分はボクシングが好きだ、青春を謳歌しているのとは違うけれど、自分はリングで燃えるような充実感を味わってきたんだと言う。
「ブスブスとそこらにある、見てくれだけの不完全燃焼とはわけが違う。
ほんの瞬間にせよ、まぶしいほどに真っ赤に燃え上がるんだ・・・。
そして、あとには真っ白な灰だけが残る・・・。
燃えカスなんか残りゃしない。真っ白な、灰だけだ。
力石だって、あのカーロスだってきっと、きっとそうだったんだ!」
この名言を改めて聴いたとき、私の体にも熱いものが湧き上がるかのような感覚が生まれました。
やっぱりカッコ良すぎるよ、ジョーは。
ジョーが
真っ白な灰になる最後のシーンは超有名(最近CMになってるぐらい)ですが、私の中で一番の名シーンはここに違いありません。これがあって初めて、最後のシーンに意味があるのです。
さてさて、ようやくまとめに入りますが、この社会現象にまでなった「あしたのジョー」。
今の私が観ても何かメッセージのようなものを感じずにはいられないほどです。
しかし私達現代の若者が大きな衝撃を受けたものとしてあげるならば、
前回の記事で紹介した
「新世紀エヴァンゲリオン」もまた一つのファクターだと言えるのではないでしょうか。
私一人でなく、周囲にもエヴァからいろんなインパクトを受けた人達がいますから。
その昔、あしたのジョーに自分達を照らし合わせていた若者がいたように、悶々とした気分を碇シンジと同調していた若者が多くいたでしょう。
私は正直エヴァ以外のアニメには詳しくないのですが、エヴァ以前とエヴァ以後の文化というのはやはり違うのでは無いかとも思うわけです。
私はその頃に「同人誌」という言葉も知りましたし、その後インターネットの普及〜電車男が登場して、秋葉原のオタク文化が広がっていくような社会の土台は、エヴァなんじゃないかなと。
そしてそういった流れは今後も続くのでは無いかと思います。
あんまり素人が語るのも余計なのでこの辺でやめますが、エヴァンゲリオン世代と言われてもおかしくない時代を私達は過ごしてるのかなぁと思うわけです。
しかしまぁ、古いものはいいものです。そのエヴァも10年ですし。
もっと話を広げるなら、私が高校〜大学時代にまた悶々とした、その内に込めた熱意を代弁してくれたのは「
THE BLUE HEARTS」の音楽でした。
アニメや漫画ではなく。
そして時代もまったく関係無いんですね。確かに大学の頃パンクが流行ってましたけど。
まぁつまり社会に影響を与えるほどの名作、とかいうのは突然現れてブームとなることもあるけれど、それを楽しむ権利はいつの時代の、どこにいる人にもあるのかもしれませんね。
定年になった団塊の世代が、エヴァを観ても良いのですから。
今回は珍しく
「文化」という、いつも取り扱っているようで本質に触れていないことを考えてみました。
最後に付け加えるなら、この文化の連続、変遷こそが歴史というやつなんだと思います。だから世の中おもしろいのかな。
ってな感じで、遠回りして前回の続きでした。
(おわり)
テーマ:日記 - ジャンル:日記
たまには北野武作品でも観ようと思って観ました。
理由は、この前
「たけしの誰でもピカソ」で特番をやっていたからです。
あの番組は時々見るといった感じですが、あれを見ていると芸術とかアートってのは何にでも当てはまるような気がしますね。
不思議な番組です。
やっぱりたけしはただ者じゃ無い。と思い、とりあえずこの映画を観ることにしました。
この映画を観た感想としては、北野作品にはなぜヤクザ・拳銃・暴力が多いのだろうということが第一ですね。
草野球から始まり、ヤクザとの抗争。無口で何を考えているかわからない主人公の突発的な行動の数々。彼の内なる暴力性を描こうとしたのでしょうか。
私は極端に理不尽なことというのが嫌いなので、正直言うとこの映画にはいい印象を持ちませんでした。が、あの時間の流れ方というのが高い評価を受けるのはわかるような気がします。
やはり何を考えているのかわからないのが北野武だと思いました。
さて私が北野作品の中でなぜこの「3-4x10月」を選んだのか。
それは、雑誌
「STUDIO VOICE 1997年3月号」で紹介されていたからです。
古っ!!STUDIO VOICEといえばマルチメディアというか、サブカルチャーを扱ってるような雑誌だと認識していますが、あんまり読んだことはありません。
この号の特集記事は、
「エヴァンゲリオン 終わりと始まり」。
あの有名なアニメ、新世紀エヴァンゲリオンの特集でした。
私は当時、中学の卒業を控えていた時期で、どうしようもなく何かにハマりたい衝動にかられていました。
そこで気になっていたのが、このアニメでした。
小学生の頃はアニメも好きだったし、SDガンダムという巨大なブームの中にいた私でした。中学では、そういうものを卒業して一人「パソコン」と「BASIC言語」に熱中していました。歴史が好きになったのもこの頃です。
しかし何かもっとどっぷり漬かりたいものが足りなかった。
そしてある日、書店でこの雑誌を手に取り、こんなにブームになってるアニメがあったのかと思いました。
私は本編を見たことも無いのにその雑誌を購入し、そして繰り返し読んで不思議な感覚に陥りました。
どうやら自分の知らないところで、すごいブームが起こっていた。
どうやら主人公の少年は暗くて内向的である。
どうやら宗教っぽいことが散りばめられた作品である。
どうやら最終回がとんでもない終わり方をしたようだ。
どうやら、続編の映画が公開されるようだ。
私がこれに食いついた理由の一つが、この記事が多くの視点から分析されていたということです。
心理学、宗教・神話、生命工学、セクシャリティ、映画、サイケデリック、テクニック。
さてこの記事の中で、篠崎誠という方が「映画」の視点からエヴァを分析したものがあり、そこでこの「3-4x10月」が取り上げられていました。
これは北野武監督第2作目であり、“世界のキタノ”になる何年も前も話なのです。
この時点で、エヴァのやり方と北野武作品の表現方法を対比しており、たけしのすごさをあとから知った私は脱帽したのです。
当時の私の認識では、ビートたけしがたけし軍団を使って映画なんか撮ってるみたい・・・な感覚でしかありませんでしたから。
そんなわけでこの雑誌をきっかけに、深夜の再放送を観て、映画を観て、私は良くも悪くもエヴァンゲリオンのブームにのっかることができました。
もともとガンダムも好きだったので、この雑誌にあった「エヴァを知る前に」「SFアニメ史概論」といった記事もおもしろかったです。
それから私にとってこの雑誌はいろんなことのキッカケになったので、今でも大事にとってあるのです。
何と今年でエヴァ生誕10周年ですか。
私はパチンコとかギャンブルには興味が無いため、最近のパチンコ・パチスロとかでエヴァや北斗の拳が流行しているのには、あまり関心がありませんが。
これも時代なんでしょうね。
そして再び映画が公開するようですが、またかーって感じはします。
私は映画版エヴァの最後を観て、すっぱり卒業したクチです。
あんなにハマッたのに、あれは幻想だったのか、自分は現実に戻ったのか、今でも不思議な気持ちは残っています。
さて、せっかくなのでエヴァについてまたすこし違う視点で捕らえようと思いました。
とりあえずあんまり言及しなかったけど、北野映画についてはこの辺で。
(つづく)
テーマ:映画感想 - ジャンル:映画
百八星の一つ、地魔星・河徹師(こうてつし)。
“LZP”元首領。制御技術部隊副隊長。
性格はひねくれ者。
クールで人付き合いはあまり得意でない。
出身は下野国。
見かけによらずスポーツマンで、順風満帆な人生を歩んでいたが、成人してのち技術者を志し、技術学校に通う。
そして卒業後、単身、江戸の技術者集団“LZP”へ入門する。
当時から“LZP”内部は荒れ果てており、メンバーのモチベーションは低く、やはり働きすぎだった。
河徹師もその空気にあっという間に侵食され、技術追求の志も半ばに何年も不毛な労働を繰り返していた。そして上長や組織に対するフラストレーションが溜まる中、若い「及日青」や「暗慶朴」らが入門してくる。
“LZP”が変わろうとしていた頃、教育部門の隊長に就任。しかしすぐに退く。もう一度技術の修練に身をつくそうとしていた折、先代の首領が他界。
姻戚関係にあった河徹師に、突如として“LZP”首領の台座が転がり込んできた。
しかしこれも半年と経たない内に自分の指導力不足を認め、部下であった及日青に首領を譲ってしまった。
もとより
地位や名誉に興味がなく、反面で技術者としての志が人一倍強い。
それゆえ教育部門を退いてからも命令を受けて教育支援に当たったり、首領を退いても一技術者として組織に貢献したり、プライドの高い人間ならば嫌がることも普通にこなす。“観音寺”との戦いでも黙々と作戦を遂行した。
がしかし、“LZP”での会議などには極力参加したがらない。
そのため組織内に持っているはずの発言力を有効に使うことができないでいる。が、もとよりそんなものを必要としない人間なのであろう。
※己志水滸伝とは、n.gondorffの妄想による友人・知人紹介である。
さて随分長い間この“本読み”を休載していましたが、久しぶりに更新したいと思います。
今回ご紹介する本は、司馬遼太郎の傑作「国盗り物語」全4巻(新潮文庫)です。
読み終えるのに随分時間がかかった上、読み終わってからもかなりの時間が経ってしまったので、少し内容を思い出しながら感想を述べたいと思います。
この作品は二部に別れており、第一巻と第二巻は「齋藤道三編」、第三巻と第四巻は「織田信長編」になっています。
私がこの作品を読んだきっかけは、
以前紹介しましたとおりです。
歴史好きを自称するも、それまで戦国時代にはあまり関心がありませんでした。
しかし、「戦国武将おもしろ事典」を読んでみて、やっぱ戦国時代おもしれーって思ったのです。(ちなみに監修の奈良本辰也氏は、国盗り物語四巻でも解説を書いていました。)
そこで興味を持ったのが、油商人から大名に成り上がったという、美濃の蝮(マムシ)こと齋藤道三でした。
ところで道三についてもっと知りたいと思っていきなり「国盗り物語」を読もうと思ったのにもわけがあります。
それは昔何かの雑誌で、オセロの松嶋尚美ちゃんが「国盗り物語」を紹介していたからです。それで少しばかり内容を知っていました。
彼女は司馬遼太郎好きなんですよね。関係無いけど、もちろん私は「きらきらアフロ」大好きです。
さて、そんなわけでこの小説の前編は齋藤道三の立身出世の話なのですが、彼は何度も名を変えたので、前編を通して
庄九郎という名で登場します。
物語中でも何度もその名前の変遷を振り返っていますが、松浪庄九郎、法蓮房、奈良屋庄九郎、山崎屋庄九郎、西村勘九郎、長井新九郎、そして齋藤道三といった感じです。
最初に登場した時は乞食で、まず油問屋の奈良屋の未亡人である、お万阿に取り入ろうとするところから始まります。
そして商人になったかと思うと、今度は大名を目指して放浪のようなことをするので、何とも現代人では理解できない不思議なキャラクターだと言えます。
それにしてもこの小説でも、最初からそういう話が主だったためか、エッチな話が盛りだくさんでしたね。
まさに英雄色を好むというやつで。
歴史小説にはそういう表現がわりかし多いので、初めての方、それから女性の方は注意が必要です。(当時の風潮・慣習から、表現として男尊女卑の傾向があるということも否めませんので。)
私ももっぱら通勤途中の電車の中でこれを読んでいたので、朝から少し気恥ずかしい思いをしたこともしばしば。
まぁプレイボーイの庄九郎ですが、そういう行為ですら、天下を取るという志のもとで行なわれているのだと、この小説は伝えようとします。
主君である土岐頼芸から深芳野という女性を奪う行為もまたあざやかなものでした。
そんな庄九郎がついに主君を追放することで前編は終わります。
続いて後編ですが、齋藤道三の意思を継ぐ男、織田信長編になります。
まずは前編の終盤あたりから信長の父、織田信秀が道三のライバルとして度々登場します。
そして第三巻からは信長が話の主人公になるということで、庄九郎は齋藤道三と表記されるようになります。
しかし、後編の主役は信長というよりも、結果的にはもう一人の齋藤道三の意思を継ぐ男、
明智光秀でしたね。
著者も小説の中で、自分は光秀に肩入れしすぎていると語っているぐらいです。主人公の視点を持っているのは前編が庄九郎、後編は主に光秀だといえます。
さてその明智光秀と織田信長という二人の人物についてですが、流石の私でも大河ドラマなどで描かれる人物像ぐらいは知っています。
信長というと、延暦寺焼き討ちで有名なように、神仏を恐れない、むしろ信長自身が神か魔物かと思わせる、恐ろしい人物というイメージです。
そして光秀は、有能であるが信長にいじめられついに謀反を起こしてしまう、しかし秀吉にあっという間に敗れて三日天下に終わるという「本能寺の変」のイメージが強いです。
(以上は大河ドラマの「利家とまつ」や「功名が辻」でのイメージ。だから信長は上司、光秀は同僚(優秀な社員)みたいな立場で描かれた人物像ですが。)
しかしながら、この小説のように二人のことが細かく描写されていると、また今までのイメージとは異なる人物像が浮かび上がりました。
まず信長。
ドラマ等のイメージとしては若い頃はうつけ者、凡人には何を考えてるかわからず、いち早く天下に号令し、部下には恐れられる神聖な存在でした。
しかしこの小説で描かれる信長は、確かに何を考えているかわからない。が、早い話が超現実主義者・合理主義者という風に描かれます。
神仏を信じないのは、それが目に見えないから、つまり反証可能でないからなのです。
そして領地は小さいながらも大名の子供として生まれ育ったため、やんちゃな性格のまま大人になったという感じです。教養はあまり無い。
部下については、信長にとって有能であるかどうかという点しか見ないという男で、それが本能寺の変を招くことに繋がるのでした。
この信長像は私の中で定着しそうな感じです。
合理主義者であればこそ、あの戦国時代で飛躍的な成長を遂げたのだと説明がつくからです。
わがままな子供の心を持っているということは、ある意味ではより人間らしい存在ですね。
ではそれまでの、神聖な信長像はどうかというと、この小説ではむしろ庄九郎(齋藤道三)がそのような存在で描かれていたと思います。
庄九郎は教養があり、権謀術数に長けており、何でも自分でできてしまうスーパーマン、カリスマでした。
そのため乞食から戦国大名にまで上り詰めるのですが、一国を治めることに人生の全てを費やしてしまいます。
道三はその世間からうつけと呼ばれていた信長に惚れ込んで、娘婿にしたあとかなり戦略的、軍事的支援をします。一生を賭けて手に入れた「美濃」を譲るというぐらいですから。この庄九郎の異常な人物への惚れ込み方も、不思議なキャラクター設定だといえます。
さてその庄九郎の「教養」の部分を主に受け継いだのが光秀です。
明智家は土岐一族の流れを組んでおり、道三に仕えていました。道三の死後、光秀は明智城を追われ流浪の身となり、やがて足利幕府再興のために動くこととなります。第三巻の後半からはほとんど主役です。
光秀はやはり謀反人としてのイメージが強く、秀吉のお膳立てという印象も強いと思います。
ちょうど今年の正月、唐沢寿明主演で
「明智光秀 神に愛されなかった男」というドラマが放映されており、私は光秀を正統派とし、主役にするとは珍しいな、流行かな?と思いましたが、何年も前のこの小説で立派に主役をはってました。
しかしそのドラマの方はやっぱり嘘くささがありましたね。光秀がいい人すぎて、謀反も誰かがやらねば的な使命感を持っていて、あげくの果てに秀吉がとって代わるのを望んでいたような展開。それはちょっと美化しすぎですね。
この小説の方がよりリアルでした。
光秀は最初いわゆる没落貴族といった境遇で、将軍義昭や信長に仕えるまで相当苦労しました。
そして尊敬する齋藤道三が自分と同じように可愛がっていた信長に、ずっとライバル心を持っていました。
世が世なら、名門明智家の当主として立派な地位を築いていた、また信長の正室となった濃姫が自分と結婚していたかもしれない、自分の方が信長よりも優れているといった思いがあり、なかなか信長を頼るという選択をしませんでした。
この光秀は非常に教養があり、信長も初めは公家などの外交官役として重用しました。
まさに道三から教養の部分を受け継いでおり、おまけに古い物や家柄などを重んじる人物でした。
光秀が、本当は氏素性も定かでない齋藤道三こと庄九郎を尊敬していることが滑稽に思われます。
さてその光秀がやはり主役といった立場で物語は進み、信長の下で大活躍をします。
信長はカタブツの光秀を好きにはなりませんでしたが、有能であることは認めて重宝するのでした。
そして光秀も次第に信長が部下を酷使する姿勢に恐怖を覚えます。このあたりが、他の武将が信長にひどい目にあったり謀反を企てたりする様子も描かれており、光秀の謀反を必然的にしています。
突発的な謀反ではなく、このままでは自分が用無しになるまで酷使されるという恐怖。
非常に納得の行く筋道と、二人の関係のように思いました。
さて私が最後にこの小説すごいなぁと思ったこと。
それは、謀反を起こしてからの光秀です。
本能寺の信長を討つことはたやすかった。しかし、あっという間に光秀が主人公の座から落とされたかのように描かれていました。
それまでの苦悩はいったい何だったのか。
光秀は人気が無かった。(実にリアル。)
信長の下で、一大将としては有能であった。しかし所詮は天下人の器では無かったのです。
周りは情勢を伺い、呼応するものは少ない。
そして足利幕府再興の頃からの同士であった細川幽斎(藤孝)は、光秀を(あまい)といって見限ります。
光秀は書面で、天下は娘婿の細川忠興に譲るつもりだと、何とも情けないことを言います。一気に光秀の立場が弱くなっていく様子がまたリアルに感じられました。
そして光秀は秀吉に討たれ、この国盗り物語もあっけなく幕を閉じます。
特にこの小説は、途中で読者の視点といえる、主人公が入れ替わる物語だったため、最後の光秀が他人となった瞬間のクールダウンが私は鮮やかに感じました。「織田信長編」になって庄九郎が隣の国の大名になったのとはまた一味違います。
さらに言うと、筆者のあとがきはあの細川幽斎の話から始まっています。
幽斎はその後秀吉の時代、そして家康の時代まで生き抜くというまさに戦国時代の傑物なのです。
盛者必衰、諸行無常、そしてしたたかな者が生き残るという、これぞ戦国時代の醍醐味なのでしょう。
この長編小説は歴史を教えてくれますし、歴史はあらゆることを教えてくれます。
組織での生き方やリーダーシップまでも考えさせられる内容でした。
また、ドラマや映画ではできない細かな描写や挿話が司馬遼太郎作品の素晴らしいところだと思います。
大いに読む価値ありです。
(おわり)
テーマ:書籍紹介 - ジャンル:本・雑誌
百八星の一つ、地勇星・輝片矢(きへんや)。
“LZP”人事部隊所属。
性格はおおらかでキザ。生まれもっての
ツッコミである。
和泉国出身。
寺子屋は「及日青」、「裏走興」らと同門である。
その頃から仲間のまとめ役をかってはいたが、成長してからは音信不通となっていた。
一時は浪人となり、その後都で「真剛弁」のあとを追い勉学に励んだが、のちに江戸へ出て、巨大組織“観音寺”で引き抜きの仕事をしていた。
江戸へ飛ばされたことも、引き抜きという部署に配属になったことも本人の志望と異なり、不満な生活を続ける。
自他ともに営業向きというイメージが拭えず、やがてこのままでは組織を去ることになるだろうと考えていた。
そんな中、裏走興の祝宴に参加したことがきっかけで、数年ぶりに同門の及日青や「薬創浪」らと再会する。
偶然にも“LZP”の大きな作戦の中に“観音寺”に潜入するものがあったため、そこから影で及日青に協力するようになる。
やがて裏走興の“LZP”合流をきっかけとして、自身も“LZP”に籍を移す。
矢のようにするどく輝くツッコミからこのあだ名がついた。
決して悪人では無いが、そのするどい
ツッコミ体質は意外に嫌われ者である。
しかし再会する度に数年ぶりだということを感じさせない、不思議な空気の持ち主である。
人と接するのが好きな彼は、やはり“LZP”でも人事という職に就くこととなった。
※己志水滸伝とは、n.gondorffの妄想による友人・知人紹介である。

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歌川国芳作、「宮本武蔵と巨鯨」の二枚目です。
巨鯨の背に乗って格闘するのは
剣豪、宮本武蔵。
その鯨の巨大な全貌が次第に明らかになってきました。
この三枚続は、
武者絵を得意とする国芳のダイナミックな表現方法の一つだと思います。
細かいディテールでカッコ良さを表している武者絵が、仮に単体の
プラモデルだとしたら、この作品はさしづめ物語の1シーンを形作った
「ジオラマ」モデルといったところでしょうか。
(つづく)
テーマ:絵画 - ジャンル:学問・文化・芸術
突然ですが3月の終わりに、
大腸内視鏡検査を受けました。
この歳になって医者にかかるようになり、初めての大掛かり(気持ち的に)な検査です。
ビビリまくりました。
今回はその大腸検査のお話なので、
読みたくない人は読まないようにお願いします。
ちょっと恥ずかしいけど書きます。
(とりあえず先に言っておくと、検査の結果は大丈夫だったみたいです。だから笑い話にもなるわけですが。)
私は昔からお腹を壊しやすかったのですが、ここ数ヶ月は環境の変化が原因なのか慢性的に調子が悪くなり、小さい診療所に通っていました。
そこで渡されていた飲み薬が、腸の動きを活発にするものと、便を固める作用があるもの。
ところがこの一つがやたら大粒の薬で、しかも1日3回食後に2粒飲めと言われて非常に困りました。
なかなか飲み込めません。(まさに
大人のくすり)
朝はともかく、昼も夜も外食なのですぐ飲むのを忘れるし、何だったら飲みたくないぐらいの勢いです。
2週間ほどして次に病院へ行ったときには、1日2回でもいいから忘れず飲むように、食後じゃなくてもいいからと言われて。
それで飲み続けましたが、あまりお腹の調子が良くなる気配は無く。
その次に行ったときは、薬が効き始めているので続けた方がいいと医者、そしてやっぱり1日3回に戻そうと。
しかしそれを続けたものの、お腹の調子が良くならないどころか、何だか
お腹の中が痛い時があったりしたので、私はついに大きな病院へ行くことにしました。
私の素人考えでは、たぶん何にしても
ストレスが原因でこうなったのだろうと思ってたのですが、
薬を飲むことが余計ストレスに感じて、ちょっと嫌でした。これで本当に治るのかいなと。
それから大きな病院へ行っても、まずそれまでの薬の処方は正しいと言われました。
ただ念のために血の検査と検便を行なって、また飲み薬をもらいました。私は
薬が増えたことにちょっと納得がいきませんでしたが、もうしょうがないと思いました。
それが医者の仕事なんやろう。
そして次に行ったとき、検査の結果は問題無さそうだが、一応
大腸の検査をしましょうかということになりました。
私はその時何となく医者の態度が気にくわなかったのですが、結局レントゲンとかでもよく分からないらしいので、それが一番てっとり早いのだと思って決意しました。
確かに精密検査を受けるために会社を半休してまで大きな病院へ通っていたのですから。(ってゆーか何でこの病院は土日閉まってるねん!)
そんなこんなで大腸内視鏡検査。
ちょっと焦ったのが、ポリープが見つかった場合などに切除手術をするので、万が一失敗や、出血が止まらないことなどがあるかもしれないということ。
それで何かあったら当病院で治療をしますよという誓約書にサインさせられたことです。
手術ということをまったくしたことも無いので、もう医療ミスとか怖すぎです。白い巨塔の世界です。
それから検査の3〜4日前から、野菜などの繊維のあるもの、脂肪の多いものを控えるように言われました。
これが困ったもので、野菜を避けるとお弁当のおかずもいっぱい残さなきゃいけないし、ロクなものが食べられないことに気付きました。
お肉を避けて豆腐ハンバーグにしたのに、よく紙を見たら豆類も避けるように書かれてましたし。
野菜だけはなるべく避けましたが、これはあんまり守れませんでしたね。
さてそして検査当日、仕事は全休しました。
朝から何も食べず、
下剤を飲まなければならないからです。
下剤も初挑戦です。
腸の中を空っぽにするため、下剤を溶かした液体を
2リットルも飲まなければなりませんでした。
紙に書かれた指示では、30分ごとにコップ1杯ずつ。
これが予想以上に地獄でしたね。
この薬の味が、アミノサプリを不味くしたような感じ。甘さほとんど無し。すぐ味に飽きました。
それにしても私は普段からあまり水分を摂らない(らしい)ので、水をぐびぐび飲むこと自体が辛かったのです。
ついでに言うと、前日の夜友人から電話があり、長電話をしてしまって寝るのが遅くなり、かなり睡眠不足でした。(病院に行くのに、何となく翌日休みなので大丈夫だといううぬぼれ。)
検査は昼からなのですが、朝から薬を飲まなければならず、普段よりもむしろ早起きして。
つまりこういうサイクルです。
薬を飲む→トイレに行く→少しでも寝る→30分経ってる→薬を飲む→・・・
段々とトイレの回数が増えて、寝ることができなくなります。
薬を飲む→トイレに行く→30分経ってる→薬を飲む→・・・
次第に、延々と薬を飲みつづけているだけのように感じて、
気分が悪くなりました。
それにしても下剤ってのは不思議なもんで、お腹が痛いわけではないけどトイレに行きたくなって、そして段々と水のようなモノしか出なくなっていきましたね。
何となく
人間ポンプな気分でした。
あと困ったのはお尻の痛みでしたか。
後半はほとんど水っ気なので、ペーパーで軽く拭く感じでしたが、それでもお尻は痛くなりましたね。そりゃトイレ行く回数がハンパじゃなかったですから。
病院に行く時間になり、ちょっとトイレの心配をしつつ家を出ました。
行く途中でお漏らしするのは困りますから。
検査室に到着すると、着替えをしました。下着はお尻に穴のあいた紙パンツで。
で、内視鏡(カメラ)をお尻から入れるわけですが、まず麻酔と言われてお尻をアルコール的なもので拭かれました。
それから
異物を突っ込まれ・・・。
正直、これはそんなに痛くなかった。
昔お腹を壊した時にも観てもらったことはあったし、座薬を経験していればまぁある程度耐えられるでしょう。
そのあとが、予想以上に、
痛かった。やっぱりカメラがどんどんと体内に入っていくことを想像するだけで恐怖です。
お腹のあたりで何か動いてるといった感じで、時々痛い。
腸の壁に当たるわけだから、あの胃の痛みに似た感じが、ダイレクトに来ます。
誰や、痛くないって言ったの!
一気に
汗が噴出しました。
「痛い、痛い・・・」
最初はブツブツ言ってましたが、マジで痛いときがあります。
看護士さんが助けてくれます。
ちょっと姿勢を変えましょうと言われたとき、自分の感覚ではカメラがもう随分奥まで届いているような感じで、本当に胃のあたりに何か当たってる気分でした。そして、
「痛い、痛い・・・」
「痛いです、痛いです、イタイデス・・・!!」
と、結構わめいてしまいました。
ほとんど動けなかったので、看護士さんにかなり介護してもらいました。
そして姿勢を変えて、何だかんだしてるうちにもう終わりですよーと言われました。
いやー辛かった。
正直半ベソでした。
無理に動いて腸が傷つくのとかも怖かったので、ちょっと痛がりすぎたかも知れません。
うるせー患者だなと思われたでしょう。えへ。
何にしても、すごく恥をかいた気分です。汗まみれですし、ケツ出してますし。
それでまぁ結果を聞きましたが、特に問題は無かったよう。
知らない間にポリープの切除とかされてたらどうしようかと思いましたが、何も言われませんでした。
ただ残念なことに、最後に写真を撮ろうとしていた部分は、私が痛がったために撮れなかったそうです。
特に大腸がんやポリープが出来やすい部分らしいのですが、S字になっているところかな(?)、痛みを我慢しないと撮れないので今回はやめといたそうです。
前回の血液検査の結果も、腸の粘膜の様子とかも大丈夫だったらしいので、この先はまた症状がおかしくなったらという感じでしょう。
確かに検査の前の週はお腹の調子もだいぶ良くなっていましたしね。もしかして
飲み薬が終わったから!?とか思ったりして。
とまぁそんなわけで、とりあえず検査は無事に終了しました。
(オマケで一つ言うと、検査料は意外にも安くて、
3,000円ぐらいでした。あれだけ気持ち的には大掛かりだったのに!)
もう一度外来で診察してもらってこの病院通いも一段落かと思います。
ちなみに検査後は普通に食事をして良いと言われましたが、恐らく下剤の効果は残っていたので、トイレを気にしつつ食事といった感じでした。
一日中お腹ギュルギュル鳴ってました。そういえば検査まで半日もよく食べずに我慢できたなと思います。
それから次の日は普通に仕事で、プロジェクトの打ち上げだったりしました。
私はお腹がまだ半分ぐらい空っぽのくせに、食べ過ぎて飲んだので、
吐いてしまいました。やっぱり
人間ポンプみたい。駄目だこりゃ。
(おわり)
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どーも、
n.gondorffです。
いよいよ4月が始まりました。
新入学生、新入社員の皆さまはおめでとうございます。
新年度ということで、
己志も新鮮な気持ちで頑張っていきたいと思います。
昨日は高校時代の友人と飲みにいきました。彼も遠回りをしたので、今年ようやく入社式です。
今日、配属が決まり、あろうことか
北陸へ飛ばされてしまいました。
南無阿弥陀仏。
希望は大阪か東京だったのに、世知辛い世の中ですね。
そして昨日は、3月で退職した友人とも連絡を取りました。
普段同じ場所で仕事していなかったため、気がつけば退職の時期を過ぎていたという感じです。
本当に辞めてしまうという実感が無かったのですが、寂しくなります。
今後も交流が持てれば、今までのように月に何度か会う感じで、かわらない友情が保てるのですが。非常に大切にしたいです。
さて、それから今日は私の会社でも入社式でした。
私はまぁ内定者たちの入社前教育を担当させてもらっていましたが、今日は直接関係無いので会う予定はありませんでした。
しかし夜本社でミーティングがあったので帰社したところ、新人が飲んでいるという話を聞いてお邪魔させてもらいました。
若いってのはいいもんで、私もこれから頑張りたいなと思いました。
ただ残念なのは今日から業務がアイドリングしていて、次の案件に提案中、それまで待機といった感じなことです。
春から先行きが不安でしたが、別れや出会いがあり、何が起こるかわからない人生なので、前向きにやっていきたいと思います。
先日、
植木等さんの追悼番組で「日本一のホラ吹き男」がやっていました。
久しぶりに植木等を観て、私はああいうおもしろおかしい映画も好きだなぁと思いました。
前向きに、頑張りましょう。
大したことは書けませんでしたが、今日はこの辺で。
(おわり)
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