ここでは私が読んだ本を紹介しようと思います。
読書は結構好きなのですが、どちらかというと歴史小説が好きです。
でも漫画も大好きなので、ちょこちょこと紹介できればと思ってます。
で、第1回目は思い切って、思い入れのない本を。
「[臨機応変]仕事のダンドリ完璧マニュアル」(著者:関根健夫)大和出版
です。
これは私が仕事の都合上、ビジネスマナーの資料を作成しなければならず、参考のために図書館で借りた本です。
この本の切り口は、ビジネスで大事なのは「ダンドリ」だと。
ダンドリのできるビジネスマンは、やらなければならないことを列挙する→優先順位をつける→ひとつずつこなす。というようなことが最初の方に書かれていました。
しかしまぁ「ダンドリのできる人は・・・」というフレーズを使いながら、段々とビジネスマナー全般の話に入っていくので、資料作りには役に立つ内容でした。
一般的なマナー講習であつかわれるポイントは網羅されていると思います。
(敬語、電話応対、名刺交換などなど)
ビジネスマナーや仕事のやり方を勉強したい方にはオススメです。
ところで、ダンドリといえば有名な齋藤孝先生が「段取り力」を提唱していたと思う。
確かに働く人にとって、段取りがいいことはプラスだ。
そして段取りの悪い人を見るとイライラするのも事実である。
特に人に指示を与えたりする立場のおっさん達には、ぜひとも段取りとか、計画性、コミュニケーションの大切さをきちんと勉強してもらいたい。
私は、「ビジネスマナー = 最低限のモラル + 相手の立場を考えること
= コミュニケーション力を鍛えること」
だと、今回の勉強で思いました。
といったところで、早く資料完成させなくっちゃ、なのです。
(おわり)
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さて本読み第2回目は、今日読んだ漫画「ワンピース」の最新
43巻について。
この漫画は有名なので、説明は不要であろう。
全巻までのあらすじは、ルフィ海賊団がついにCP9と激突。
CP9長官スパンダムがバスターコールを発動してしまうところで終わっている。
43巻はナミ・サンジ・ゾロのCP9との戦いが描かれている。
それにしても、このウォーターセブン編は長い。
空島編とどっちが長いのだろうか。
途中でフランキーの回想に加えて、ロビンの回想もあったからだろう。ちなみに子供の頃の回想がでてくると、私は必ず涙を流してしまう。
以前はチョッパーの過去が一番感動的だと思っていたが、今回のフランキーとトムさんの話はあまりに感動してしまった。
おかげ様で今はフランキーが大好きだ。
表紙もとうとうフランキーがルフィ海賊団に内定か!?といった感じになってるし。(はじめはまさかこうなるとは予想できなかったからね。)
さてさて、43巻では戦闘がメインだったが、私は一つだけ、じーんとしてしまった箇所がある。それはこの巻の最後。そう、我らが「そげキング」の活躍である!
まさかああいう形で活躍するとは、これまた予想していなかった。
「お前がいればロビンちゃんは必ず救えるんだ!ウソップ!」
といったサンジの言葉は、最後の伏線だったんですね。
最近はロビンが泣くと、私も一緒に泣いています。
ワンピースのよいところ(泣けるところ)は、こういった友情とそれぞれの仲間がもつ悲しい過去の2本柱だと思います。
ルフィには頑張ってルッチを倒してもらいたいです。
ところでこの巻には最後に人気投票の結果がありましたが、上位はルフィ海賊団が独占。
8位に鷹の目のミホーク、9位にカクが入ってました。
ふと考えましたが、ワンピースの主人公達は魅力的なキャラがたくさんいますが、そういえば敵で魅力的な(人気のある)キャラというのがあまり出てきていないのではないでしょうか。
そんなことないですかね?今回のCP9にはルッチとカクという、なかなかシブイのがいますがね。
まぁドラゴンボールでいうピッコロやベジータのような、魅力的なライバルがもっとあらわれてもよいのではないかと、ふと思った次第です。
というかまだまだ続くのかなぁ。もう43巻ですからね。
では次巻も楽しみにしてます。
(おわり)
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本読み第3回目は、
「新潮日本美術文庫22 歌川国芳」(内藤正人)新潮社
です。
本読みといいつつ、漫画に続いては画集だったりします。
この本を手にした理由は、私がそもそも浮世絵に興味があったりするからです。
安藤広重の絵などはコミカルで、日本のマンガ文化に通じるところがあると感じていました。(「広重コード」という本が書店に置いてありましたが、すごく読んでみたいですね。)
で、そんな私がこの国芳(くによし)の絵に興味を持ったきっかけは、テレビ東京系列の番組
「美の巨人たち」を見たときでした。
そのとき取り上げられていた作品が、
「みかけはこはゐがとんだいゝ人だ」。
裸の男達があつまって人の顔を作っている絵。国芳の浮世絵は「だまし絵」のようなおもしろさがあったり、時には風刺画であったり、3枚つなげて一つのダイナミックな作品であったり。
そう、江戸時代の浮世絵にあって、とんだサービス精神なのである。
私はそれらの絵を見た瞬間、TVという娯楽のない当時、江戸の庶民にどれだけ衝撃を与えたであろうかを想像した。
そこでこの本を購入したのだが、予想通りおもしろい絵がたくさんあった。
立派な画集を買うお金は当時持っていなかったが、この文庫版はとてもお買い得だったと思う。
さて、話を少し
イベント館の方に向けると、ペルシャ文明展に行く以前に、私は
「国芳・暁斎なんでもこいッ展だィ!」という展覧会を見に行きました。行ったのは去年の1月頃だったようです。
この展覧会では、歌川国芳の作品と河鍋暁斎(かわなべきょうさい)の作品がたくさん展示されていて、大満足でした。
本に載っている国芳の作品も、載っていなかった作品も、どれも感動を与えてくれました。
そしてその時に初めて見た暁斎の絵も素晴らしかった。まず展覧会の始めに現れた巨大な「妖怪引幕」には、激しい衝撃を受けました。最後の方に展示されていた「地獄太夫」には惚れてしまいました。
江戸時代というのは260年もの長い平和な時代であり、江戸を中心に日本の文化が花開いた時代だと思います。
最近はそんな江戸時代の生活や文化をピックアップする動きもありますが、大衆娯楽文化の中にはこの国芳や暁斎のような、今見ても感動できる、いやむしろ今のTVなどでは得ることのできない感動を与えてくれる、そんな作品がたくさんあるのではないでしょうか。
(おわり)
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久しぶりに本読みの方にも追加しようと思います。
今回はパッと思いついたところで、
安野モヨコ作「花とみつばち」(全7巻)です。
また漫画でスミマセン。
私はこの漫画がヤングマガジンで連載しているときから好きで、時々読んでいました。
女の子にモテたいと努力する男子高校生
小松の、まぁサクセスストーリーでしょうか。
クラスで地味キャラの小松はふとしたことからメンズエステに通うのですが、そこの美人姉妹におもしろいようにコキ使われます。この漫画には美人姉妹を筆頭に、小松の友人でブサイクの山田(のちに整形)、女子地味派の長沢チャン、何故かモテまくるおじさんの小橋さんなど、強烈なキャラクターが登場してきます。そしてヒロインのスーパー女子高生太田サクラ。
青年コミックなのでちょっと
Hで、ギャグ満載。「ハッピーマニア」の安野モヨコが描く男子高校生というのが、なかなかおもしろい活躍をしてくれます。
高校生という思春期にモンモンとしていた男子諸君は、恐らく小松に共感することだと思います。
以前紹介した「
理系のための恋愛論」にも書かれていましたが、やっぱり形はどうあれ、モテたいと努力することが大事なことなんだということがわかります。
小松も最初はカタチから入るのですが、行動が次につながり、着実に進歩していっていると思います。コミュニケーションの大事さを感じ取っていくような。そして後半にはついに・・・。オニ姉妹とかのせいで随分ひどい目にあって遠回りしている感もありますが。
少し核心にふれると、最後の最後は、すっかりシリアスな漫画になってしまいますね。最初の頃のギャグづくしがどこかに行ったような。安野モヨコ自身も、書いているのが大変だったみたいです。
でもそれはやっぱり、恋愛に必ずついてくる苦悩であり、そしてリアルなのだと思います。「
マイボス」にも通じるかもしれない。
ついでにいうと最終巻にあった番外編はイマイチだったかな。小松がちょっとデキる男になっていたので。最初の頃に戻ってもっと美人姉妹にいじめられて欲しかったなぁ。
モテたい男の子にはもちろんオススメですが、気楽に読めるので老若男女問わず、読んでもらいたい漫画ですね。絶対、小松を応援したくなる!
そうそう、同じく安野モヨコ作の人気コミック
「働きマン」がついに
アニメ化ですって。
10/12(木)からスタートだそうで、早速DVDレコーダーに録画しなきゃ。
働きマンは、働く人に超オススメ。
※いまさらですが知らない人のために言うと、安野モヨコ先生は、新世紀エヴァンゲリオンの庵野秀明監督の奥さんです。あしからず。ちなみに昨日はアニメ
「DEATH NOTE」の初回、見ました。実写の映画は、私的には原作より落ちるという感想でしたが、アニメの方はバッチリでしたな。
「働きマン」も「デスノート」も、全部仕事帰りに立ち読みしてました。新橋のTSUTAYAは良かったなぁ。
(おわり)
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以前予告したように、
梅田望夫「ウェブ進化論」についての感想を述べたいと思います。
まず率直な感想として、読んで良かったという思いがあります。
少なからずとも、ブログを利用してWeb上で情報発信を始めた私なので、ネット世界の現状(Web2.0化)について知っておくべきだと思いました。
今回は本の内容についてもツッコんで行きたいと思いますが、やっぱり本の大半にわたって
「グーグル=No.1」と言っているような気はしました。
そこはあまり鵜呑みにせず、確かにGoogleがネットの世界で果たす役割は大変なものだという認識でこの本を読んでいきます。
グーグルに勤めている著者の友人が、こう言ったそうです。
「世界政府っていうものが仮にあるとして、そこで開発しなければならないはずのシステムは全部グーグルで作ろう。それがグーグル開発陣のミッションなんだよね」
私は何か、漫画「
ONE PEICE」の話かと思いました。漫画だと、世界政府はどうやら本当の“正義”というわけではなさそうですね。
暗躍機関があり、どうやら歴史の改ざんもしているらしいし。(おっと話が反れた)
Googleの検索エンジンがネット上に点在する情報、ホームページ、ブログ等を瞬時に導いてくれるのはすごいことです。ただこれが世界中の情報をグーグルがにぎっているのと同義かと思うと、確かに恐ろしい強大な力になり得るのではないかと思います。
さて三章では
ロングテールと
Web2.0について書かれてあります。
私の左半分、経営者(見習い)としての視点は、このロングテール現象を非常に面白いと感じています。
私の右半分、技術者としての視点は、グーグル・マップスのAPI公開と「はてなマップ」の開発について、コンピュータ界の長老が脅威に感じたのと同じく、恐ろしい時代が来たものだという焦りと、ソフトウェア開発の可能性の広がりを感じています。
この章については、別の機会があれば深く言及してみたいと思います。
四章から
ブログというテーマについて語られ、恐らく皆さんでも読みやすい内容になっています。
要するにブログが流行し、誰でも簡単に情報発信できる環境が整ったことで何が変わったのか。
これまでの表現者は、ごく一部の限られた人間だけであったが、これからは全ての人に表現する機会が与えられたということ。
例えば本当はおもしろい人なのに、人前に出るのがニガテなので、仲間内でしかおもしろい自分を出せない人がいたとする。そういった人がこれまで世間に向けて情報発信する手段は、あるいはラジオや雑誌の投稿だったかもしれない。それがインターネット上に置かれた、ブログというスタイルに変わるのである。そしてグーグルのような検索エンジンがあるおかげで、その情報を欲しい人に届けることが可能になっている。
ただしブログやネット上の情報などは玉石混合であり、やはり「石」の方が圧倒的に多い。その判別について今後どういった手立てができるだろうか。
この章については「
己志」もまったくその通りで、私も実感していることばかりです。
インターネットが普及した。しかし私は当時ホームページを作る技術も特に無ければ、面倒なことは大嫌いなのでやりません。
ようやく今という時期に、私も情報を発信してみようと思ったのです。
FC2が提供する、無償で簡単にブログを作成できる環境。これはこの本の中に度々登場する、
「チープ革命」そのものです。
さて、最近アクセス解析を見ると“クロマニヨンズ”と“口パク”が驚くほどサーチワードに入っています。
私もある意味、意図して
この記事を書きました。たまたま見た番組ですが、やはりレア情報に違いないと。
「己志」はつまらないブログ(=石)であって欲しくはありませんが、情報伝達というのは完全に“受け手”が正です。
例えば“クロマニヨンズ”の動画が見たくて検索をした人にとって、このブログは石なのです。
これも自分が検索エンジンを利用する側のときに、容易に想像できます。どうすれば欲しい情報にヒットするのか、利用する側のテクニックも必要になるのが現状ではないでしょうか。
続いて
オープンソース現象について書かれてありますが、ここではソフトウェアのオープンソースではなく、みんなで知恵を出し合うというような活動のことを指しています。
わかりやすい例が
Wikipediaです。
ご存知な方は多いと思いますが、要するにネット上の百科事典で、内容は誰でも自由に編集できるというものです。つまりあらゆる人の知識が集約されている。ただしその内容の信憑性は?
これについての実験などの結果が面白いです。もし間違った内容を記入したとしても、いずれ誰かの手によって修正されるということ。ブリタニカのような専門家が作成した百科事典と比較しても、正確性や信頼性は同程度だという分析結果もあるそうです。まさに
三人寄れば文殊の知恵。
ここから、本書がふれているウェブの進化によってプロとアマチュアの境界が無くなる、「個」が持つ力が大きくなるという話につながります。
さてさて、随分長くなってしまったのでそろそろ私の意見をまとめていきたいと思いますが、このネット上に氾濫する情報の信憑性というのは、やはり
鵜呑みにしてはいけないものだと認識すべきだと思います。
IT(情報技術)は、“Information Technology”ではなく“Intelligence Technology”であるべきだとは昔からよく言われていました。
ウィキペディアは多くの人によって監視され、書き換えられる可能性を持っているので、信頼できるのだと思います。
しかしそうではなく、誰かがブログの中で言及している情報などは、間違っている、嘘であるという可能性は、常に念頭に置かなければなりません。噂と同じです。
私は「己志」のコンテンツについては、まず自分で見たもの以外には言及しようと思いません。
人から聞いた話や、他のページで得た情報を載せてしまえば、そもそもの信憑性が低い上に、私自身のフィルタが入ってしまうからです。本の中の意見など、誰かが責任を持って発言していることは別ですが。
あとリンクの紹介を除いて、これはポリシーとして今後も守りたいと思います。
それにしても、ウェブの進化による情報交換の活発化はすさまじいというのが私の見解です。
ホームページやブログの「玉」の方は、大きな影響力を持ち得るのではないでしょうか。
ウェブ進化論で触れられていたかわかりませんが、ブログを中心に形成されるコミュニティにおいて、
オピニオンリーダーが存在する可能性は非常に高いと思います。
私自身がそのようになれないかと、この「己志」を使って実験をしているといっても良いでしょう。
先に少しふれた「ロングテール現象」も含め、このWeb2.0時代のマーケティングについて勉強してみたいなぁとすごく思っています。
私がマーケティング・コミュニケーション論の講義を受けていた頃とは、企業のインターネットに対する考え方も大きく変わっているのではないでしょうか。
ネット・ITに関わっている人はぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
(おわり)
テーマ:書籍紹介 - ジャンル:本・雑誌
私もこの歳になって、これほど昔の作品にハマることになるとは思いませんでした。その名は
「水滸伝」。
今回は久しぶりの本読み。秋の夜長にピッタリの歴史小説、吉川英治作「新・水滸伝」を紹介します。
まず私は歴史(特に世界史)が好きなのですが、そのキッカケになったのはやはり小学生の頃に読んだ
「三国志」が大きいわけです。
そう、三国志を読んだのはそれほど昔の話でありながら、どういうわけか水滸伝に手を出したのはこの歳になってからなのです。
最初に読み始めたのは、コンビニ本の横山光輝「水滸伝」でした。
あの分厚いマンガをなんとなく手に取って読みはじめると、これがたんたんとしているのに面白い。
水滸伝の序章である、伏魔殿から百八星が天空に飛び出してしまうくだり、そして
九紋竜史進からはじまる主人公のバトンリレーと、次から次に先を読みたくなる展開に驚きました。
登場人物が増えるにつれ、それらが皆何らかの理由で世俗から離れ、やがて有名な
「梁山泊」に集結するのだとわかると、これは面白い!と。
やはり三国志・西遊記と並ぶ中国古典の名作と言われているだけはあります。何故いまの今まで、水滸伝を読もうと思わなかったのか!?
三国志はやたらメジャーで、どういうわけか日本人に人気がある作品だと思います。先の横山光輝の長編漫画や、人気シミュレーションゲームの影響が大きいとも思います。
しかし江戸時代ぐらいまでは、水滸伝の方がメジャーだったそうです。だからこそ
「歌川国芳」の武者絵も大人気だったのでしょう。
私も漫画の水滸伝を読み終えて、これは日本人に人気が出てもおかしくないなとすぐに思いました。
まずポイントとして、主人公の豪傑たちに「九紋竜」や「豹子頭」、「及時雨」といった
“あだ名”がついている点が良いと思います。日本人はあだ名やキャッチコピーが好きな民族だと思うわけです。
そして特に私が横山漫画で気に入ったくだりは、梁山泊軍を苦しめて敗北した将軍・
呼延灼に主人公がうつり、再び梁山泊軍に敗れた末、梁山泊に入ってしまうという話です。
私はこの、敵がやがて味方になり、梁山泊の勢力が大きくなっていくという点について、あぁ、日本人が好きな展開だなと思いました。ドラゴンボールしかり、多くのヤンキー漫画しかり。日本人は「昨日の敵は今日の友」という精神性を古くから持っていると思います。(例えば将棋とチェスはルーツが同じなのに、日本の将棋の特徴は、敵から奪った駒を使うことができる点であると言われていますね。)
それから漫画の方は、梁山泊に豪傑たちが集結するまでを多く描いているため、基本的に個人の活躍が多いです。後半になって軍隊としての戦いが増えるのですが、一方で幻術のようなものも存在する世界になっています。
そんなわけで、この水滸伝には楽しませてもらいました。
そしてもっと読みたいと思ったため、吉川英治の小説を読んだのです。
小説は「新訳」ということですが、ものすごく読みやすかったですね。
基本構造は漫画と同じ(つまり原作と同じ)ですが、描写が細かいところや、主人公たちの内面が描かれる点で、小説は素晴らしいと思いました。
先にマンガを読んでいたことで、登場人物のイメージが湧きやすかったという点も私には良かったと思います。
漫画以上に、非常に早いペースで次々と読んでしまいました。
小説版で気に入ったのは、主人公で梁山泊のリーダーとなる
宋江が
色黒だというところですね。
マンガのせいもありますが、だいたい主人公=色白というイメージがあり、何かこの宋江には親近感を持てました。私も色黒なので。
宋江は謙虚なので、梁山泊の首領になってくれと周りから頼まれたときに何度か断わるのですが、その時の言葉が「私は色も黒いし、下級役人の出なので首領にふさわしい身分ではない」といった内容でした。
色黒いの関係ないじゃん!!ところで小説「新・水滸伝」は残念なことに途中で終わってしまいます。
吉川英治先生が執筆中に亡くなられたためです。まことに残念です。
文庫本にして4巻までになりますが、ストーリーとしては百八星が集結するところまでですので、十分に楽しむことができます。横山光輝先生のマンガでもその後の話はそれほど描かれていませんので、だいたい同じぐらいの範囲をカバーしてると言えます。
三国志を読まれた方、あるいは大の三国志ファンという方は多いと思いますが、水滸伝はまた一味違った面白さ、豪快さがあります。
中国大陸という広大な土地で、確かに三国志に比べると狭い範囲のお話ではありますが、登場人物達が繰り広げるストーリーはやがて壮大なものとなっていきます。
ぜひ、多くの日本人に手に取って読んでいただきたい作品です。
(おわり)
テーマ:書籍紹介 - ジャンル:本・雑誌
今回紹介するのは、竹内薫「99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方」(光文社新書)です。
ハッキリ言っておもしろかったです。
読みたいと思っていたところを友人が貸してくれたので、通勤時に読んでました。
この本は、「飛行機はなぜ飛ぶのか?実はよくわかっていない」という話を最初に持ってきていますが、そういった事例を紹介するだけの本ではありません。
世の中「仮説(=証明できないこと)」だらけだということを紹介し、つまりは思い込み・固定観念、さらに我々が常識だと思っていることさえも「仮説」だと言っています。
そこで
科学という指標が用いられていますが、これも文系・理系を問わず楽しめる内容になっているのではないかと思います。
以前
「理系のための恋愛論」を紹介したときにも書きましたが、私は文系出身ですが、根は理系人間なところがあります。
ガリレオやアインシュタインの事例などを用いて展開される話もよくできていました。
相対性理論とか、科学のお話しが出てきますので、論理的な思考ができれば問題ないと思います。
この本は読者に頭をやわらかくしてほしいという作者の意図がありますが、それは結局こういうことだと思います。
相対的にものごとを見るためには、自分の中の仮説をはずして考えなければならない。
つまりは相手の立場で考えるとか、思い込みをやめる。
ただ私がボンヤリと思っていた「頭をやわらかく」っていうのは、もっと「感覚で受け入れる」的なことかと思っていたのですが、この本を読んだら
いろんなことを考えずにはいられませんね。
最後の方に「実証論」とかバーチャルの話も出てきますが、もう考えるとキリがなさそうですね。
マトリックスは観てませんけど、この世はみんなバーチャルかも知れないってことですね。
それもまた仮設。
最初の方は、「科学とは」という話でもありましたが、どんどん「哲学」という分野に話は拡大していきます。
私の印象に残った部分を引用します。
「歴史も文化である以上、「裸の史実」など存在しないのです。だって、日本史の一級資料であっても、その書き手がホントのホントに事実をそのまま書き写したと検証できますか?」
これは歴史好きの私も意識しているところです。
歴史は文化だという表現が何となく心にきました。
私が歴史を愛する理由は3つにまとめられます。
1.歴史というストーリーの“壮大さ”
2.それがすべて現在まで繋がっていること
3.それが嘘や創作かもしれないというところ
やはり3が非常に重要で、嘘だとしてもおもしろいと思うのです。歴史は現在に繋がっているから。嘘だとしたら誰が考えたんだろう?
歴史というのはおもしろくて、時間が経つと伝える者がいなくなるので、事実から曲折していくと思うんです。
ところが不思議なことに、科学の進歩が歴史をくつがえすこともある。分析などによって間違いが修正され、事実に近づくんですよね。本当におもしろい。
「足利尊氏」の絵が
「騎馬武者」になったのはかなりショックですが。
・・・最後に話が脱線してしまいましたが、こういった世間を疑う視点を持っている人、あるいは持っていない人どちらにもオススメできる本だと思います。SFとか漫画とか好きな人はぜひ読んで下さい。
(おわり)
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今回は歴史小説、北方謙三「絶海にあらず」(中央公論社)を紹介します。
主人公は海賊として有名な
藤原純友です。
まずはこの小説を読むことになったキッカケから。
私は西国の出身だもんで、東京に来てから文化の違いというものを意識するようになったんですね。
やっぱり関西人というのは、珍しい人には珍しいようで。
出身の違うものが集まれば、何かとお国自慢のような話題になってしまう。
東北出身のお友達と付き合ってたこともあり、日本の東西文化に興味が涌きました。
そんな時に読んだ本が、網野善彦著
「東と西の語る日本の歴史」でした。
日本は東西でかなり文化が異質なものであるということを述べている本です。
そちらの内容は置いといて、その中の一部で出てきたのが平将門の乱と藤原純友の乱。
これは平安中期に起こった、武士の興りのキッカケになったとも言える重大な事件ですね。
で、それは当然知ってたのですが、そこにあった藤原純友の記述が目に止まりました。
伊予掾(いよのじょう)として海賊の取り締まりにあたったが、逆に海賊になって叛乱を起こしたというのです。
そうだったの?
やっぱり将門の方は有名でよく知っていたのですが、純友の方はまったく知らなかったんです。藤原氏なのだろうとは思ってたけど。
そこから一気に純友という人物に興味を持ちました。
しかし調べてみても、あまり藤原純友の資料というのは残っていないようですね。
そこで知ったのが、この
北方謙三が書いた小説「絶海にあらず」でした。
北方謙三は何でもハードボイルド作家ということで、他の歴史小説作家とは異質なのかもしれませんが、この機会に一つ作品を読んでおくかと思いました。
藤原純友がどんな生き方をしたのか、作家の想像かもしれないけど、イメージするにはやっぱり歴史小説がいいと思いました。
読んでみると、最初の方で既にちょっとおかしかったですね。
純友は公家だったが、
筋骨隆々だったみたいな。
それに何か、男同士というのは言葉をあまり交わさなくても相手の器量を計ったり、意思の疎通ができるみたいな感じとか。
まぁそういうちょっと笑ってしまうような描写を除いても、非常におもしろい作品でした。
叛乱というと、武器や兵を集めてどこかを襲撃する
「挙兵」が思い浮かびます。つまり何となく、勢いまかせのような。
実際、純友も大宰府を襲撃したらしいので、そうなんだろうと思いました。
しかしこの純友は違いました。
伊予で確固とした地盤を築くのです。
そして自ら船を操る水師となります。貿易のようなことも始めます。
それから次第に、都の権力である「藤原忠平」に反抗していくのです。
小説は上下巻から成りますが、戦闘は下巻の後半になってようやく始まる感じでした。
つまりほとんどは
準備なんです。
そしていつ叛乱が始まったのかがわかりづらい。
首謀者が純友だとわかるのもそれほど重大ではなく、薄々バレている。
さらに言えば、将門も登場して一度対峙していたのですが、共謀という話はまったく無くて、そこに焦点は当たっていませんでした。
将門の乱は東国で起こっている内輪揉めのような扱いです。
さて、戦闘自体は少ないのですが、やはり忠平に対する叛乱というのはもう
ずっと前から始まっていたのだということが、純友も、読み手の私も認識するところでした。
そういう意味でこの小説はリアルだなと思います。
海賊とは行為のことであり、純友のやることは実に緻密で賢かった。
そして純友が目指そうとしていたことや、叛乱の理由がわかりやすかったので良かったと思いました。
やっぱり歴史というのは、いろんな視点から解釈できるのでおもしろいですねー。
(おわり)
テーマ:書籍紹介 - ジャンル:本・雑誌
以前、古本屋で購入した本を紹介します。随分昔に書店に並んでいたのを、表紙が印象的だったので記憶していました。
雑学の本という感じなので、時々読んではまだ全ては読み終わってませんが。
いま私のマイブームはまさに
「戦国時代」です。
私は“歴史好き”を公言していますが、実際のところ好きだけどそこまで詳しいというわけではありません。
そしてどちらかというと世界史が好きだったので、長い間日本史というものにどっぷりつかりたいという気持ちはありませんでした。
しかしまぁこれまで書いてきましたように大河ドラマは大好きで、大学生時代に旅行などで日本の各地を見聞してからは、なかなか日本史への興味の比重が大きくなっています。
新撰組も好きになりましたし。
そんな私が何となく敬遠してたのが、この戦国時代。
自称“歴史好き”で、フタを開けると戦国時代だけにやたら詳しい人間、下手するとただの「信長の野望(ゲーム)好き」というのを今まで結構見て来ました。
だからそういうマニアックな武将の名前ばかり並べて語られるのが嫌いで、私はあまり日本の戦国時代には興味を持ちませんでした。
歴史の醍醐味はそんなんじゃないと、思ってたからです。(
過去の記事参照)
ついでに言うと、高校の日本史の授業というのは、大学受験のためかやたら寺の名前とか覚えさせられたりして、そういうのも好ましくなかったですね。逆に授業では戦国時代とかほとんど飛ばしますし。
しかしまぁ歴史に関して人並みの知識はある私も、そろそろ戦国時代という聖域に手を伸ばしたい年頃でした。
で、この本の最初に取り上げられていたのが下剋上を代表する3人、北条早雲、齋藤道三、松永久秀でした。それからやはり代表的な天下人3人、信長、秀吉、家康のについての話、データの比較などが続きます。
やっぱりおもしろいですね。戦国時代の武将というのは。
私は齋藤道三の生き様をもっと知りたくなったので、
司馬遼太郎の
「国盗り物語」を読み始めることになりました。
この
本読みも前の記事から長い間が空いてしまいましたが、ずっと「国盗り物語」を読んでいたためです。決して読書をサボっていたわけではありません。
最近何とか読破しまして、近いうちに記事にしたいと思っています。
そんな私の戦国時代ブームに追い討ちをかけて始まったのが、現在放映中のNHK大河ドラマ
「風林火山」です。
主人公・山本勘助を演じる
内野聖陽がめちゃくちゃカッコいい!
どうしよう。
ここ数年の大河ドラマには無かった
男らしさが存分に出ています。
去年が仲間由紀恵、その前がタッキー主演という、少し豪胆さに欠ける内容だったので、今回はかなりアツさを感じています。
そして武田信玄のライバル、上杉謙信役には何と
Gacktですよ。
Zガンダムの主題歌を歌っていたかと思うと、今度はすごい抜擢を受けたもんだ。
彼が役としてハマるかどうか、まだ先の話ではありますが見所かもしれません。
ドラマの方は今勘助が仕官先を求めてさ迷っているところで、まだ浪人をしています。身分が低い分、その暮らしっぷりも戦国時代をリアルに表現しているように思います。
私も勘助のように一旗あげたいと思っているクチですので、戦国時代というのはよく勉強しといた方がいいように思います。
歴史から学ぶべきは、先人達の成功と失敗であり、いかにその時代にマッチした生き方をしたかということではないでしょうか。
そして
盛者必衰のことはりを、歴史と歴史小説、ついでに大河ドラマは教えてくれるものです。
当分私の戦国時代ブームは続きそうですね。
(おわり)
「図説」戦国武将おもしろ事典―楽しみながら、歴史がわかる!時代が見える! / 奈良本 辰也
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さて随分長い間この“本読み”を休載していましたが、久しぶりに更新したいと思います。
今回ご紹介する本は、司馬遼太郎の傑作「国盗り物語」全4巻(新潮文庫)です。
読み終えるのに随分時間がかかった上、読み終わってからもかなりの時間が経ってしまったので、少し内容を思い出しながら感想を述べたいと思います。
この作品は二部に別れており、第一巻と第二巻は「齋藤道三編」、第三巻と第四巻は「織田信長編」になっています。
私がこの作品を読んだきっかけは、
以前紹介しましたとおりです。
歴史好きを自称するも、それまで戦国時代にはあまり関心がありませんでした。
しかし、「戦国武将おもしろ事典」を読んでみて、やっぱ戦国時代おもしれーって思ったのです。(ちなみに監修の奈良本辰也氏は、国盗り物語四巻でも解説を書いていました。)
そこで興味を持ったのが、油商人から大名に成り上がったという、美濃の蝮(マムシ)こと齋藤道三でした。
ところで道三についてもっと知りたいと思っていきなり「国盗り物語」を読もうと思ったのにもわけがあります。
それは昔何かの雑誌で、オセロの松嶋尚美ちゃんが「国盗り物語」を紹介していたからです。それで少しばかり内容を知っていました。
彼女は司馬遼太郎好きなんですよね。関係無いけど、もちろん私は「きらきらアフロ」大好きです。
さて、そんなわけでこの小説の前編は齋藤道三の立身出世の話なのですが、彼は何度も名を変えたので、前編を通して
庄九郎という名で登場します。
物語中でも何度もその名前の変遷を振り返っていますが、松浪庄九郎、法蓮房、奈良屋庄九郎、山崎屋庄九郎、西村勘九郎、長井新九郎、そして齋藤道三といった感じです。
最初に登場した時は乞食で、まず油問屋の奈良屋の未亡人である、お万阿に取り入ろうとするところから始まります。
そして商人になったかと思うと、今度は大名を目指して放浪のようなことをするので、何とも現代人では理解できない不思議なキャラクターだと言えます。
それにしてもこの小説でも、最初からそういう話が主だったためか、エッチな話が盛りだくさんでしたね。
まさに英雄色を好むというやつで。
歴史小説にはそういう表現がわりかし多いので、初めての方、それから女性の方は注意が必要です。(当時の風潮・慣習から、表現として男尊女卑の傾向があるということも否めませんので。)
私ももっぱら通勤途中の電車の中でこれを読んでいたので、朝から少し気恥ずかしい思いをしたこともしばしば。
まぁプレイボーイの庄九郎ですが、そういう行為ですら、天下を取るという志のもとで行なわれているのだと、この小説は伝えようとします。
主君である土岐頼芸から深芳野という女性を奪う行為もまたあざやかなものでした。
そんな庄九郎がついに主君を追放することで前編は終わります。
続いて後編ですが、齋藤道三の意思を継ぐ男、織田信長編になります。
まずは前編の終盤あたりから信長の父、織田信秀が道三のライバルとして度々登場します。
そして第三巻からは信長が話の主人公になるということで、庄九郎は齋藤道三と表記されるようになります。
しかし、後編の主役は信長というよりも、結果的にはもう一人の齋藤道三の意思を継ぐ男、
明智光秀でしたね。
著者も小説の中で、自分は光秀に肩入れしすぎていると語っているぐらいです。主人公の視点を持っているのは前編が庄九郎、後編は主に光秀だといえます。
さてその明智光秀と織田信長という二人の人物についてですが、流石の私でも大河ドラマなどで描かれる人物像ぐらいは知っています。
信長というと、延暦寺焼き討ちで有名なように、神仏を恐れない、むしろ信長自身が神か魔物かと思わせる、恐ろしい人物というイメージです。
そして光秀は、有能であるが信長にいじめられついに謀反を起こしてしまう、しかし秀吉にあっという間に敗れて三日天下に終わるという「本能寺の変」のイメージが強いです。
(以上は大河ドラマの「利家とまつ」や「功名が辻」でのイメージ。だから信長は上司、光秀は同僚(優秀な社員)みたいな立場で描かれた人物像ですが。)
しかしながら、この小説のように二人のことが細かく描写されていると、また今までのイメージとは異なる人物像が浮かび上がりました。
まず信長。
ドラマ等のイメージとしては若い頃はうつけ者、凡人には何を考えてるかわからず、いち早く天下に号令し、部下には恐れられる神聖な存在でした。
しかしこの小説で描かれる信長は、確かに何を考えているかわからない。が、早い話が超現実主義者・合理主義者という風に描かれます。
神仏を信じないのは、それが目に見えないから、つまり反証可能でないからなのです。
そして領地は小さいながらも大名の子供として生まれ育ったため、やんちゃな性格のまま大人になったという感じです。教養はあまり無い。
部下については、信長にとって有能であるかどうかという点しか見ないという男で、それが本能寺の変を招くことに繋がるのでした。
この信長像は私の中で定着しそうな感じです。
合理主義者であればこそ、あの戦国時代で飛躍的な成長を遂げたのだと説明がつくからです。
わがままな子供の心を持っているということは、ある意味ではより人間らしい存在ですね。
ではそれまでの、神聖な信長像はどうかというと、この小説ではむしろ庄九郎(齋藤道三)がそのような存在で描かれていたと思います。
庄九郎は教養があり、権謀術数に長けており、何でも自分でできてしまうスーパーマン、カリスマでした。
そのため乞食から戦国大名にまで上り詰めるのですが、一国を治めることに人生の全てを費やしてしまいます。
道三はその世間からうつけと呼ばれていた信長に惚れ込んで、娘婿にしたあとかなり戦略的、軍事的支援をします。一生を賭けて手に入れた「美濃」を譲るというぐらいですから。この庄九郎の異常な人物への惚れ込み方も、不思議なキャラクター設定だといえます。
さてその庄九郎の「教養」の部分を主に受け継いだのが光秀です。
明智家は土岐一族の流れを組んでおり、道三に仕えていました。道三の死後、光秀は明智城を追われ流浪の身となり、やがて足利幕府再興のために動くこととなります。第三巻の後半からはほとんど主役です。
光秀はやはり謀反人としてのイメージが強く、秀吉のお膳立てという印象も強いと思います。
ちょうど今年の正月、唐沢寿明主演で
「明智光秀 神に愛されなかった男」というドラマが放映されており、私は光秀を正統派とし、主役にするとは珍しいな、流行かな?と思いましたが、何年も前のこの小説で立派に主役をはってました。
しかしそのドラマの方はやっぱり嘘くささがありましたね。光秀がいい人すぎて、謀反も誰かがやらねば的な使命感を持っていて、あげくの果てに秀吉がとって代わるのを望んでいたような展開。それはちょっと美化しすぎですね。
この小説の方がよりリアルでした。
光秀は最初いわゆる没落貴族といった境遇で、将軍義昭や信長に仕えるまで相当苦労しました。
そして尊敬する齋藤道三が自分と同じように可愛がっていた信長に、ずっとライバル心を持っていました。
世が世なら、名門明智家の当主として立派な地位を築いていた、また信長の正室となった濃姫が自分と結婚していたかもしれない、自分の方が信長よりも優れているといった思いがあり、なかなか信長を頼るという選択をしませんでした。
この光秀は非常に教養があり、信長も初めは公家などの外交官役として重用しました。
まさに道三から教養の部分を受け継いでおり、おまけに古い物や家柄などを重んじる人物でした。
光秀が、本当は氏素性も定かでない齋藤道三こと庄九郎を尊敬していることが滑稽に思われます。
さてその光秀がやはり主役といった立場で物語は進み、信長の下で大活躍をします。
信長はカタブツの光秀を好きにはなりませんでしたが、有能であることは認めて重宝するのでした。
そして光秀も次第に信長が部下を酷使する姿勢に恐怖を覚えます。このあたりが、他の武将が信長にひどい目にあったり謀反を企てたりする様子も描かれており、光秀の謀反を必然的にしています。
突発的な謀反ではなく、このままでは自分が用無しになるまで酷使されるという恐怖。
非常に納得の行く筋道と、二人の関係のように思いました。
さて私が最後にこの小説すごいなぁと思ったこと。
それは、謀反を起こしてからの光秀です。
本能寺の信長を討つことはたやすかった。しかし、あっという間に光秀が主人公の座から落とされたかのように描かれていました。
それまでの苦悩はいったい何だったのか。
光秀は人気が無かった。(実にリアル。)
信長の下で、一大将としては有能であった。しかし所詮は天下人の器では無かったのです。
周りは情勢を伺い、呼応するものは少ない。
そして足利幕府再興の頃からの同士であった細川幽斎(藤孝)は、光秀を(あまい)といって見限ります。
光秀は書面で、天下は娘婿の細川忠興に譲るつもりだと、何とも情けないことを言います。一気に光秀の立場が弱くなっていく様子がまたリアルに感じられました。
そして光秀は秀吉に討たれ、この国盗り物語もあっけなく幕を閉じます。
特にこの小説は、途中で読者の視点といえる、主人公が入れ替わる物語だったため、最後の光秀が他人となった瞬間のクールダウンが私は鮮やかに感じました。「織田信長編」になって庄九郎が隣の国の大名になったのとはまた一味違います。
さらに言うと、筆者のあとがきはあの細川幽斎の話から始まっています。
幽斎はその後秀吉の時代、そして家康の時代まで生き抜くというまさに戦国時代の傑物なのです。
盛者必衰、諸行無常、そしてしたたかな者が生き残るという、これぞ戦国時代の醍醐味なのでしょう。
この長編小説は歴史を教えてくれますし、歴史はあらゆることを教えてくれます。
組織での生き方やリーダーシップまでも考えさせられる内容でした。
また、ドラマや映画ではできない細かな描写や挿話が司馬遼太郎作品の素晴らしいところだと思います。
大いに読む価値ありです。
(おわり)
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